人民解放軍将校5人を起訴、ついに「ルビコン」を渡った米国政府

ついに米国の司法当局が、大規模な対米サイバー攻撃の容疑で中国の人民解放軍将校5人を起訴した。

 5月19日、エリック・ホルダー司法長官自身が記者会見をして、その起訴罪状を公表した。罪状は簡単に言えば、人民解放軍のサイバー攻撃部隊が米国の原子力発電、鉄鋼、アルミニウム関連などの大手企業のコンピューターシステムに侵入し、技術や設計の機密情報を盗んだ、という骨子だった。

 中国政府はただちに米国のこの動きを「すべて捏造だ」と否定した。中国側はさらに、これまで継続してきたサイバー問題に関する米国政府との合同作業グループから脱退することを発表した。米中関係は、このサイバー攻撃問題を原因としてさらに悪化する局面を迎えたわけだ。

 中国当局による米側官民へのサイバー攻撃は最近、大きな問題となっていた。だがオバマ政権は事を荒立てないという姿勢を取り、正面からの中国糾弾を避けてきた。米中関係全体をなんとか良好に保とうとするオバマ政権独特の政治配慮だったと言える。2013年6月のカリフォルニアでの米中首脳会談でもオバマ大統領はサイバー攻撃問題を主要課題に据えたが、習近平主席が「両国相互の問題だ」としてかわすと、それ以上は責めなかった。

 だが、さすがのオバマ政権もここにきて中国軍将校5人の刑事責任を追及するところまで大胆に踏み切ることになった。米国にとってそれほど大きな難題となったということだろう。その結果、中国の対米サイバー攻撃が米中関係全体を揺り動かすようにまで発展したと言える。


中国のサイバー攻撃を最初に受けた2人の議員

 そこで私が思い出したのは、この問題を国政レベルで最初に提起し、警鐘を鳴らした2人の下院議員だった。バージニア州選出のフランク・ウルフ議員とニュージャージー州選出のクリス・スミス議員である。

 いずれも共和党の両議員は、長年、米中関係の諸課題を取り上げることが多かった。特に中国政府の人権弾圧を頻繁に批判していた。2人は中国で実際に弾圧を受けている民主活動家の人権問題などを取り上げ、下院の各種関連委員会で公聴会を開き、決議案を出してきた。2人ともに、地元の選挙区で中国政府の人権弾圧を非難することを求める勢力は特にない。議員個人の信条に駆られて、という印象だった。

そのウルフ、スミス両議員が2006年に「中国からのサイバー攻撃の被害を受けた」と発表した。両議員自身のコンピューターやスタッフのうち中国問題を担当する補佐官たちのコンピューターが侵入され、両議員が近く議会に提出する予定だった中国当局のインターネット抑圧を非難し対抗策を打ち出す法案や、中国側の人権擁護活動家、民主活動家たちとの交信内容、それら活動家の動向についての最新資料などを盗まれた、という。そして両議員とも、サイバー攻撃の発信地は確実に中国だとも明言していた。

 思えば、米国の国政の場で中国によるサイバー攻撃問題が公式に提起されたのは、この両議員の発表が最初だった。議会全体に両議員の発表が流れ、政府も公式に懸念を表明した。だが当時、このウルフ、スミス両議員の言明はそれほど反響を呼ばず、中国のサイバー攻撃という事象自体もさほど波紋を広げないままに終わってしまった。

 ところがその後、米国側の政府や軍機関、そして民間の大手企業までが中国によるサイバー攻撃の被害を訴えるようになった。議会の諮問機関の「米中経済安保調査委員会」が2011年11月に公表した年次報告で、中国軍組織が米側の地球観測衛星や国防総省人員管理システムにサイバー攻撃をかけ、情報の奪取だけでなく、米側の軍事関連システムの妨害を試みた実例を多数紹介した。この報告が米側の政府機関からの中国のサイバー攻撃非難の最初のリポートとなった。そしてその後は官民の組織が相次いで、中国の米側コンピューターネットワークへの侵入に抗議するようになったのだ。

犯人は中国人民解放軍の「61398部隊」

 そうした指摘の中でも特に大きな反響を招いたのは、2013年2月に公表された調査報告書だった。大手インターネットセキュリティー企業「マンディアン」が長年の調査に基づく結果として中国当局の対米サイバー攻撃の実態を詳しく発表したのである。その内容は米国大手メディアにより大々的に報道された。今回の司法省の刑事訴追行為も、その捜査はこのマンディアンの調査に依存した部分が大きかった。


 マンディアンの報告書は最も重要な発見として以下の諸点を明記していた。

 「中国を拠点とする世界でも最大のサイバー攻撃の実行組織は、2006年以来、米国を主とする主要諸国の合計141企業のコンピューターネットワークに侵入し、高度技術に関する企業の機密情報や知的所有権にかかわる情報などを大量に盗むことに成功した。中国のこの組織は人民解放軍総参謀部第3部第2局の『61398部隊』で、上海浦東地区の12階建てビルを主要拠点としていることが判明した」

「中国軍当局はこのサイバー攻撃作戦で約20の産業分野の各企業から高度技術製品の設計図、製造プロセス情報、製品試験データ、ビジネス計画、価格情報、他企業取得計画などを入手した。同時にアメリカの電力、通信、エネルギーなどの公共サービスや米軍の『指揮・統制・通信』などのシステムの妨害をも試みてきた」

 今回の司法省の起訴は、まさに中国人民解放軍の「61398部隊」を標的としたものだった。そしてウルフ議員らが被害を訴えた2006年という時期が中国の作戦が本格化するスタート期らしいことも、マンディアンの報告書は示していた。


日本も標的となっていることは明白

 今回の起訴は、米国政府が「ルビコン」を渡ったことを意味するとも言える。中国のサイバー攻撃に対し、一般的な警告や外交的な抗議という範囲を超えて、米国の国内刑法の適用によって厳しい刑事訴追という手段を取ることを宣言したからだ。

 しかしこの中国の対米サイバー攻撃をめぐる米中両国の国政レベルでの衝突の出発点は、上記のように2006年だった。当時の米側の最初の警告発信者となった前述の2議員のうち、ウルフ議員は5月20日、今回の司法省の起訴について次のような声明を出した。

 「中国のサイバー攻撃の最初の被害者の1人として、今回の司法省の措置は大いに歓迎したい。私自身が攻撃を受けたときは、全米レベルでのこの問題への意識は低かった。だが現在では中国の人民解放軍、政府機関、国有企業などが米国の官民組織にサイバー攻撃をかけ、国家安全保障の機密や産業秘密を盗んでいることは、一般米国民の間でももはや疑う余地がない状態となった。だが今回起訴された要員たちの活動は氷山の一角にすぎない」

 ウルフ、スミス両氏はともに1981年から連邦議会会員議員を務めるベテランである。両議員の中国批判はときに非常に厳しく、「強硬な反中派」というレッテルを張られることもあった。だがその中国への厳しい態度こそが中国側の対米サイバー攻撃という大作戦の実態を暴いていくことに寄与したのである。

 日本も中国側のこうしたサイバー攻撃の標的となっていることは明白である。だが、そのことに正面から警告を発する日本の政治家はまだ現れていないようだ。


2014.05.21
http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/40744




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