明治日本には見事な英語で日本を語った達人たちがいた。

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Common Sence: 日本の誇る英語の達人

 明治日本には見事な英語で日本を語った達人たちがいた。

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■1.「世界に影響を与えた日本人の英語」

 英語で禅を広めた鈴木大拙(だいせつ、明治3(1870)年-昭和41(1966)年)の晩年の英語による講演テープを聴いた英語・英文学専攻の斉藤兆史(よしふみ)東京大学教授は、次のように感想を記している。

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 その英語を聴いてみると、晩年ということもあってか、日本語なまりも強く、けっして流暢ではない。しかしながら、話している一文、一文の正確さ、内容的な密度は驚嘆に値する。おそらく、そのまま書き起こしても、立派に禅の入門書になるであろう。これが世界に影響を与えた日本人の英語なのである。

大拙は若い時分からの英語修行、仏典の英訳、英語での仏教書の執筆を通じ、書き言葉のように正確に話し言葉を操る技を身につけた。放送大学の英語番組の取材に応じてくれたアメリカ人の禅僧によれば、大拙ほど高度な英語を操ることのできる人間は母語話者のなかにもそう多くはないという。[1,p10]
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「英語下手」は、多くの日本人が抱く劣等感である。それは英語の発音が日本語よりもはるかに(というより、世界の言語の中でもかなり)複雑であり、さらに日本語とは文法の共通性がほとんどない、という、日本人にとってはきわめて敷居の高い言語だからである。

 また日本は、日本語だけで大学での専門分野も勉強できるし、世界の名作やベストセラーを読めてしまう、という国際社会でも珍しい教養大国である。だから国内に住む人々には、英語はほとんど必要ない、という要因もある。

 ただ、グローバル化の中で、商談や学問的な議論など英語を使わなければならない人々は増えている。そういう人々にとっては、大拙までいかなくとも、「日本語なまりも強く、けっして流暢ではない」が、自分の考えを正確に表現しうる英語を目指すべきあろう。

 我々の先達の中には、大拙のような英語の達人が何人もいたのである。それらの達人を紹介しながら、そのレベルに少しでも近づくにはどうしたら良いか、考えてみたい。


■2.新渡戸稲造の"Bushido"

 斉藤教授は、日本人による三代英文著述として鈴木大拙の"Zen and Japanese Culture"(『禅と日本文化』)ととともに、新渡戸稲造の"Bushido, the Soul of Japan"(『武士道』)、岡倉天心の"The Book of Tea"(『茶の本』)を挙げている。

 新渡戸稲造の"Bushido"は1900(明治33)年にフィラデルフィアで出版された。数年後の日露戦争で日本人の忠誠心と勇武の精神が世界的に注目され、それを外国人にも分かりやすく説いた本として広く読まれた。

 米国セオドア・ルーズベルト大統領は、"Bushido"を読んで感銘を受け、60冊も買い求めて子供や友人に送り、さらにアナポリス海軍兵学校、ウェストポイント陸軍士官学校の生徒たちにも読むように勧めた。[a]

 新渡戸稲造の英語力について、斉藤教授はこう述べている。

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 新渡戸の英語がもっとも実務的な力を発揮したのは、彼が国際連盟事務局次長を務めた1920年代前半である。

それは彼が、あまり演説の得意でなかった英国人事務総長ドラモンド卿の代わりに欧州各国を回って国連精神普及の講演を行っていた時代、そして現在のユネスコの基礎となった国際知的協力委員会を組織し、ベルグソン、アインシュタイン、キューリー夫人、ギルバート・マレーらと議論を戦わせていた時代だ。国際連盟の活動を通じ、彼は多くの学者・文人と親交を結んだ。[2,p22]
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 鈴木大拙と同様、新渡戸の英語力は国際的にもトップレベルの知的教養に支えられたものだった。


■3.「ヤンキーか、ドンキーか、それともモンキーか」

 新渡戸稲造の"Bushido"が日本人の倫理観を世界に訴え、鈴木大拙の"Zen and Japanese Culture"が日本人の宗教心を国際社会に説いたとすれば、岡倉天心の"The Book of Tea"は、日本人の芸術的感性を海外に紹介したものだと言える。

 天心は米国の芸術家や美術収集家と親交を結び、またボストン美術館の美術品の整理や、横山大観などの作品展の開催に携わった。セントルイス万国博覧会で『絵画における近代的諸問題』と題した講演の様子は次のように伝えられている。

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 講演者が日本固有の服装で演壇に現れ、頗(すこぶ)る流暢な英語で、大胆且つ率直に、この興味ある問題を解剖し去ったので、俄然人気の中心になってしまった。[2,p42]
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「日本固有の服装」とは羽織・袴のことで、天心はこの出で立ちで米国を闊歩していた。ボストンの街で、弟子の横山大観とこの恰好で歩いている時、一人の若者に呼びかけられて、次のように聞かれた。

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 What sort of 'nese are you people? Are you Chinese, or Japanese, or Jabvanese?
(お前は何ニーズだ? チャイニーズか、ジャパニーズか、ジャワニーズ(ジャワ人)か?
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 人種偏見に満ちた質問に、天心はくるりと振り返って、

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 We are Japanese gentlemen. But what kind of 'keys are you? Are you a Yankee, or a donkey, or a monkey?
(我々は日本人紳士だよ。ところで、あんたこそ何キーなんだい? ヤンキーか、ドンキー(ろば、馬鹿者)か、それともモンキーか。 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

 天心が羽織袴で海外を闊歩したのは、日本文化を国際社会にアピールする戦術であろう。しかし、弟子などに対しては「破調の語学で和服を着て歩くことは、甚だ賛成しがたい」と注意している。米国人と英語で議論する自信があればこそ、和服で日本文化を誇示し得たのである。


■4.英語ペラペラを目指すべき

 よく語学の達者な人を「あの人は英語がペラペラ」などと言う。ここで挙げた三人の達人も、英語がペラペラだと言えば、それに間違いはない。

 かつて中国で買い物をしていた際に、店員からブランド品の偽物を見せられて、「お客さん。財布あるよ これルイ・ヴィトン。偽物ない。本物。でも2千円。2千円。安いよ。安いよ」などと声を掛けられた。

 日本語を知らない中国人の同僚から見れば、この店員も「日本語ペラペラ」で売り込みをかけている、ということになるのだろうが、我々の目指すべきは、こういう「ペラペラ」なのだろうか?

 もちろん商売をする人がこういう「ペラペラ」を目指すことは必要な場合があろうが、我が国の公教育で膨大な国費を投じて、こんな「英語ペラペラ」人間を大量に育てたとして、それが国民の幸福や外国からの尊敬につながるだろうか?

 同じ商売にしても、あるアラブ人は日本商社との長い付き合いを通じて、「商売の基本は正直にある事を日本人は教えてくれた」と述懐している[b]。

 日本の商社員が外国でこんな商売をするためには、別に「英語ペラペラ」である必要はない。鈴木大拙のように「日本語なまりも強く、けっして流暢ではない」英語で十分だ。そういう英語を通じてでも、中身のある話ができる方が大切なのである。


■5.漢字を読めなかったことを深く恥じて

 内容もないのに「英語ペラペラ」を目指す人々が陥りやすいのが、「ペラペラ」になるには幼児の頃から英語に親しませた方が良い、という説だ。

 天心は文久2(1862)年、明治維新の6年前に横浜の貿易商の家に生まれ、6,7歳で英語塾に通い、外国人宣教師について英語を学び始めた。9歳にして、すでに英米人に引けをとらぬ会話力を身につけていたという。

 だが、そのために母語の習得がおろそかになった。父に連れられて川崎大師に詣でたとき、父が県境を示す表示杭を差して「あれを読んでみろ」と言った。天心は一字も読めなかった。

 天心は漢字を読めなかったことを深く恥じて、国語国文の勉強をさせてくれと父親に迫った。父親は天心を寺に預け、住職から漢学の手ほどきを受けさせた。その一方で、学校に通って英学の勉強も続けた。

 英語は出来ても、漢字を読めなかった事を恥じた点が立派である。かりに漢字など読めなくとも英語ができれば良い、と、天心がそのまま進んだら、どうなったろうか。おそらくアメリカ人並みの英語は話せても、海外で講演をして評判をとるような日本美術に関する深い学識は育たなかったはずだ。

 まずは母国語で自らの精神や教養を深め、世界に語るべき内容を持つこと、そのうえで外国人が十分に理解できる英語でそれを語る。これが冒頭に紹介した3人の達人が歩んだ道なのである。


■6.素読の効果

 天心がお寺で住職から漢学を学んだ方法は、当時の寺子屋と同様、「素読」によったはずである。「師曰はく、学びて時にこれを習ふ、亦(また)説(よろこ)ばしからずや」などと『論語』の一節を、師について何度も何度も音読する。そのうちに、文章のリズムを身につけ、語感を感じとり、内容も少しづつ分かってくる。

 その素読を英語学習の正道として勧めているのが、「同時通訳の神様」と呼ばれた國弘正雄氏である。氏は戦争中、中学1年の時に先生から勧められて英語教科書を声を出して、ひたすら読んだ。一つの課について、平均5百回、課によっては千回も読んだだろう、という。

 戦争が終わった時に3年生になっていた。米軍がやってきて、子供心に自分の英語を使ってみようと思って、米兵に話しかけた。すると驚くなかれ、こちらの言うことが相手に通ずるだけでなく、相手の言うことも、驚くほどよくわかったという。[3,p20]

 氏は、道元禅師の「只管打座(しかんだざ、ひたすら座禅すること」)になぞらえて、「只管朗読」と呼んでいるが、これは漢学における「素読」と同じである。


■7.素読から多読へ

 素読には、次のような効果がある。

1.作文力と会話力が身につく。基本文型を身につけ、かつそれが口をついて出てくるようになれば、それを組み立てて、きちんとした文章を書いたり、話ができるようになる。

2.基本文型を身につけることによって、直読直解(語順をひっくり返さずに、頭から理解できる)が可能になり、読解力、聴き取り力がつく。

3.さらに、中身の濃い名文や名演説を素読の対象にすれば、自らの教養や精神を深める事ができる。

4.一定のスピードで英文を理解できるようになると、多読が可能になる。多読の結果、ますます英語力が身につく。新渡戸稲造は札幌農学校時代に、「図書館にある書物を、片かしから総て読んで了(しま)はうと云う、無謀な大野心」を起こして、手当たり次第に読んだ。この多読により、英語を通じてさらに教養を深める事ができる。

 なお、発音については、録音したものを聞いて、それを繰り返すようにすれば、十分に通ずるレベルになる。アメリカ人なみの完璧な発音を目指す必要はない。そもそも英語の発音は、アメリカ国内でも地方によって、いろいろ違いがあるのだから。


■8.素読が育てた幕末の名通詞

 素読は、我が国においても伝統的な外国語習得法だった。江戸時代には、長崎奉行所にオランダ人や中国人との事務折衝にあたる通詞(通訳兼商務官)がいた。その一部の人々が、文化5(1808)年のフェートン号事件(イギリス軍艦の長崎港侵入・狼藉事件)を機に、いきなり英語学習を命じられた。

 幕末にアメリカ人ラナルド・マクドナルドが利尻島に漂着した際に、英語担当通詞・森山栄之助が応対したが、その英語のうまさはマクドナルドを驚嘆させた。森山はいったいどうやって英語を勉強したのか。当時は英語の書物も限られ、そもそも英語を教えてくれる外国人すら国内にはいなかった。

 その学習方法が素読であった。武家が幼児に漢文の素読を授けたように、長崎通詞の家ではオランダ語や英語の素読をさせていたという。

 現在では英語の教科書・参考書が書店で山と積まれ、駅前の語学学校で簡単に英語を母国語とする人々から授業を受けられる時代になった。しかし、素読から多読へ、という語学の正道を超える学習法は見つかっていないように思われる。

 仕事などで外国人とやりとりする必要のある人は、この正道を踏んで、冒頭の3人の達人には遙かに及ばないにしても、アラブ人に商売の基本を教えられるぐらいの英語力を身につけて欲しいものだ。
 また、外国人との会話など必要としない、ほとんどの日本人は「ペラペラ英語」を目指して無駄な時間とお金を使うよりも、日本語の本の素読・多読を通じて、日本人としての品性と教養を磨くべきだろう。






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