あなたは自分の言葉で日本を語れますか?…海外で暮らすには、心の中で自分を支えてくれる母国が必要だ。



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■■ Japan On the Globe(500)■ 国際派日本人養成講座 ■■■■

Common Sense: あなたは自分の言葉で日本を語れますか?(上)

 海外で暮らすには、心の中で自分を支えて
          くれる母国が必要だ。

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■1.インターナショナル・ハウスにて■

 私がアメリカに留学したのは、昭和55(1980)年夏のことで
した。サンフランシスコ近郊のカリフォルニア大学バークレー
本校の経営学大学院に入学しました。

 最初の一年目はインターナショナル・ハウスという500人
ほども収容できる大きな留学生用の寮に入りました。中央にド
ームが聳え、左右に翼を広げた形で5階建ての宿舎が広がる修
道院のような壮麗な建物です。寮生は半分がアメリカ人で、残
り半分が世界中から集まった留学生です。留学生たちをアメリ
カ人学生と一緒に住まわせて、互いに理解し合う機会を提供し
ようという趣旨でした。

 留学生のためにこれだけの壮麗な建物を建てるというアメリ
カの豊かさ、そして半分はアメリカ人学生を入れてしっかり交
流させようという見識に、到着したばかりの私は「これは敵わ
ないな」とやや気押しされた印象を持ったものです。

 留学生としては、ヨーロッパからはドイツやフランス、南米
からはブラジルやコロンビア、そしてアジアからは台湾、韓国、
中華人民共和国、タイ、インドネシア、そしてわが日本など、
実に多くの国々からやってきていました。

 食事は、これまた修道院のように天上の高いホールで、長テ
ーブルがいくつも並んだ食堂でとります。席は自由ですが、み
な同じバークレーの学生ですから、見知らぬ同士でも、すぐに
「どこから来たか」「専攻は何か」などと話が始まり、いつの
まにか知り合いがたくさんできます。

■2.「どこから来たの?」■

 海外に行って、他国の人々と語り合った日本人は誰でも経験
することですが、やはり会話は「どこから来たの?」で始まり
ます。標準的な答えはもちろん「日本から」です。

「俺は地球市民だ」とか「日本など関係ない」などと肩肘張っ
た日本人が「北東アジアから来た」などと答えたら、よほどの
変人だと思われて、相手は早々に席を立ってしまうでしょう。

「日本」と聞いたら、相手は自分の知っている範囲で、日本に
関する話題を探そうとします。マサチューセッツから来た女子
学生は、「日本のカレンダーを見たら、雪に覆われた高い山や
まの美しい景色だったけど、日本てそういう国なの」などと聞
いてきました。外国人に対して、その母国のことを話題にする
場合に、このようにまずは良い面から切り出すのが、教養と礼
節ある態度です。

 某近隣諸国出身者の中には、相手が日本人と知ると、いきな
り「私の国を植民地にした」などと食ってかかる人もいるそう
ですが、私が大学で出会ったその国からの留学生たちは、礼節
を知る人々ばかりで、そのような子供じみた態度をとる人はい
ませんでした。

■3.「自分は日本についてよく知らない」■

 いずれにせよ、会話は「日本」を軸として始まるわけで、こ
こで私たちは日本とはどんな国か、という事を語らなければな
らなくなります。しかし、そういう状況になると、日本につい
て、何をどう話したらよいのか、当惑してしまいます。

 一つの語り口は、歴史を通じて、こんな国だと語ることです。
たとえば、

 日本の建国ははるか太古のことで正確には分かりません
が、8世紀に書かれた歴史書(古事記、日本書紀のこと)
では、紀元前660年とされています。その時に第一代天
皇が即位し、現在の天皇は第125代で、世界最古の王室
です。

 などと語れば、相手の興味をそそるでしょうが、こういう
「皇国史観」は学校では教えてくれません。

 我々が学校で習ったのは「1868年に明治維新が起こった」
というような「客観的」な知識ですが、これだけでは会話にな
りません。明治維新を語るなら、その前の江戸時代がどんな時
代で、その後の近代化がどう進んだか、という大きな流れを語
らなければ、そもそも「話にならない」のです。

 ここで、多くの日本人は、はたと「自分は日本について、よ
く知らない」ということに気がつきます。海外でこういう経験
をして、もう少し日本のことを知りたいと思い、インターネッ
トを検索していたら、この「国際派日本人養成講座」に出会っ
た、という読者が多いのです。

■4.故郷は自分の一部■

 しかし、自分の国の事を語る、というのは、単なる知的会話
だけの問題ではありません。アメリカ人たちは自国に対する自
信と誇りと愛情に充ち満ちています。それが彼らの人生を支え
る大きな柱の一つとなっています。そういうアメリカ人に囲ま
れて生活していると、自分にも自分を支えてくれる祖国が必要
だということをひしひしと感じます。

 この点を実感することは、日本の中で、特に国を意識しない
でも毎日を過ごしていける日本人には難しいのですが、たとえ
ば山形県あたりから東京に就職で出てきた青年を想像してみれ
ば、多少は理解できるでしょう。東京の人間は、東京が日本の
中心だと威張っている。山形県のことなど、東京の人間はほと
んど知らないし、関心もない。そういう中で、その青年がなん
となく自分が無視されている、という寂しい思いをすることは
想像できるでしょう。

「故郷のことなど私には関係ない。私個人としてしっかり働い
て、周囲から認めて貰えればいいのだ」と青年は割り切ってし
まうかもしれません。しかし、自分が生まれ育った故郷には、
今も父母や親戚や友人たちが暮らしていて、その人々との思い
出があちこちに残っている。そうした思い出を自分には関係な
い、と割り切ってしまっては、自分の体の一部を断ち切ってし
まうのと同じような気になるでしょう。

 そういう意味で、故郷とは自分の一部なのです。母国も同じ
です。

■5.「日本はすごいな」■

 私が留学していた1980年代は、日本の家電製品や自動車が米
国市場に一大旋風を巻き起こしていた時期で、私の出会ったア
メリカ人たちもよくこの事を話題にしました。

 一般大衆の中には「ホンダを買ったけどグレートな車だ」な
どと、手放しで褒めてくれる人がいました。ただ大学教授など
のインテリ層はそう単純ではなく、「自動車はアメリカ人が発
明したのに、日本人の方が良い車を作れると認めることは苦痛
だった」などと、正直に語ってくれた先生もいました。

 学校でのマーケティングの授業でも、「品質の良い物を高く
売る戦略と、良くないものを安く売る戦略がある」と先生が言っ
たら、一人の学生が「いや、良い物を安く売る戦略もあります
よ。メイド・イン・ジャパンのように」などと大まじめに発言
して、思わず苦笑してしまいました。

 ある授業では、何度も日本製品や日本的経営の優秀さが論じ
られたので、インドネシアからの留学生が「授業でも、ジャパ
ン、ジャパン、ジャパンだ。日本はすごいな」などと羨ましがっ
ていました。

 確かに他国からの留学生にとってみれば、これほど持ち上げ
られる日本を母国とする日本人留学生は羨ましい限りだったで
しょう。私自身、それは確かに嬉しいことではありました。

■6.真のお国自慢とは■

 しかし、その反面、経済ばかりが持ち上げられても、単純に
満足は出来ない、という気もしていました。それは自動車にし
ろ家電製品にしろ、もともとは欧米文明の所産です。彼らの作っ
た土俵に割り込んで、彼らの技術に多少の工夫を加えて、部分
的に良い成績を上げた、という事に過ぎないのです。

 たとえて言えば、仙台の中心部には「小東京」と呼ばれるほ
ど高層ビルが建ち並んだ一帯がありますが、東京の人間から
「仙台はすごいね。東京みたいだ」と褒められたようなもので
す。それで素直に喜べるでしょうか?

 それよりも「東北大学のあたりは仰ぎ見るようなメタセコイ
アの巨木が立ち並んでいて、まさに杜の都だね」などと言って
貰った方が、はるかに嬉しいのではないでしょうか。

 自動車生産とか国民総生産のように共通尺度で優劣を競うよ
うなお国自慢では、互いの国に対する理解を深めるような会話
は成り立ちませんし、また、自分自身にとっても虚栄心を満足
させるだけの事で、深いところで自分を支える自信とか誇りに
はつながりません。

 そうではなく、固有の歴史や文化、国柄など、自分の先祖が
営々と築いてきたものに関する愛着の籠もったお国自慢でなけ
れば、我々を心の底で支えてくれるものにはならないようです。

■7.日本の歴史と文化について学んだ経験■

 私が日本の歴史や文化に関する知識をあまり持ってなかった
ら、日本は経済大国だ、というような虚栄心で自分を支えてい
たかも知れません。その場合、90年代のバブルで日米の勢い
が逆転した時には、そんな虚栄心も失って、自信喪失に陥って
いたでしょう。

 しかし、幸い、私には秘かに自分を支えてくれるお国自慢が
ありました。それは学生時代に、社団法人「国民文化研究会」
という教育団体の主催する学生青年合宿教室で、日本の歴史と
文化について学んだ経験です。この団体は、昭和30年代に高
校や大学の先生方が中心となって戦後の教育荒廃を憂えて設立
した団体で、毎年夏に大学生や若手社会人を集めて合宿セミナ
ーを行っていました。高名な文芸評論家の小林秀雄、村松剛と
いった方々も、趣旨に賛同して、よく講義をされていました。

 この合宿教室で、受験用知識としての歴史ではない、まさに
我々が自分の故郷を懐かしく思い出すような姿勢で、日本の歴
史と文化について学んだのです。そこで知った戦後の昭和天皇
の全国ご巡幸のお話に心惹かれ、それを自分なりに文章にして
みました。

■8.日本の歴史と文化について学んだ経験■

 その内容を、まとめなおしたのが、弊誌136号「136 復興へ
の3万3千キロ」[a]です。

 昭和天皇は終戦直後の混乱の中で、「全国を隈無く歩いて、
国民を慰め、励まし、また復興のために立ちがらせる為の勇気
を与へることが自分の責任と思ふ」とのお考えのもと、昭和
21年から約8年半、総日数165日をかけて、沖縄以外の全
都道府県、お立ち寄り箇所1411カ所、行程3万3千キロを回ら
れたのです。

 占領軍の間では「ヒロヒトが40歳を過ぎた猫背の小男とい
うことを日本人に知らしめてやる必要がある。神さまじゃなく
て人間だ、ということをね」などという声も出て、このご巡幸
を許可しました。イタリアのエマヌエレ国王は国民から追放さ
れており、日本の皇室の運命も風前の灯火のように考えられて
いたとしても不思議はありません。

■9.私の秘かなお国自慢■

 しかし、その結果は、占領軍の予想に反したものでした。昭
和天皇と国民の間には、次のような心の交流がなされていたの
です。[a]

 因通寺の参道には、遺族や引き揚げ者も大勢つめかけて
いた。昭和天皇は最前列に座っていた老婆に声をかけられ
た。「どなたが戦死をされたのか」

「息子でございます。たった一人の息子でございました」
声を詰まらせながら返事をする老婆に「どこで戦死をされ
たの?」

「ビルマでございます。激しい戦いだったそうですが、息
子は最後に天皇陛下万歳と言って戦死をしたそうです。
・・・天皇陛下様、息子の命はあなた様に差し上げており
ます。息子の命のためにも、天皇陛下さま、長生きをして
ください」

 老婆は泣き伏してしまった。じっと耳を傾けていた天皇
は、流れる涙をそのままに、老婆を見つめられていた。

 引き揚げ者の一行の前では、昭和天皇は、深々と頭を下
げた。「長い間遠い外国でいろいろ苦労して大変だったで
あろう」とお言葉をかけられた。一人の引き揚げ者がにじ
り寄って言った。

 天皇陛下さまを怨んだこともありました。しかし苦
しんでいるのは私だけではなかったのでした。天皇陛
下さまも苦しんでいらっしゃることが今わかりました。
今日からは決して世の中を呪いません。人を恨みませ
ん。天皇陛下さまと一緒に私も頑張ります。

 わが国は戦後の焼け跡の中から奇跡的な経済復興を遂げ、世
界有数の経済大国と発展していったのですが、「天皇陛下さま
と一緒に私も頑張ります」という多くの国民の気持ちが、その
原動力になったのだと、私は信じています。

 この文章を書いた事で、経済大国になったという結果よりも、
その原動力として、天皇を中心に国民が心を通わせる美しい国
柄を持った国である、というのが、私のお国自慢になっていま
した。

 心中にこうした秘かな自信を抱いていましたので、自国への
誇りと愛情たっぷりのアメリカ人に対しても、私は余裕と共感
を持って接することができたのです。






■■ Japan On the Globe(501)■ 国際派日本人養成講座 ■■■■

Common Sense: あなたは自分の言葉で日本を語れますか?(下)

 自分の中の「見えない根っこ」を見出し、
  自分の言葉で「日本を語る」必要がある

■転送歓迎■ H19.06.17 ■ 33,785 Copies ■ 2,524,288 Views■


■1.「大いなる和」の国■

 さて、私が留学した時に本格化した日本の自動車メーカーの
対米進出はその後も着実に進み、現在では米国市場で3割もの
シェアをとるようになりました。そして日系メーカーの圧倒的
な攻勢で、かつては世界に覇を唱えた米国の自動車メーカーも
その経営がぐらついてきています。ここまでくると、もはや日
本の車作りは欧米の模倣ではなく、そこには何か日本人の文化
的個性が働いている、と考えるべきでしょう。

 東京大学ものづくり経営研究センターの藤本隆宏教授は、日
本の製造業の強みを「擦り合わせ」という言葉で表現していま
す。たとえば、車のボンネットを開けてみれば、多くの部品が
ぎっしりと詰め込まれています。それらは自動車メーカーを中
心に多くの部品メーカーが、互いの機能の連携や空間の取り合
いに関して「擦り合わせ」をしながら、車全体の信頼性や性能、
コストを追求しているのです。

 製造においても、日本の「QCサークル」は世界的に有名に
なり、海外でも真似をする工場がたくさん出てきました。これ
は現場の作業者が、小さなグループを作って、その担当工程で
の不良低減や生産性向上のために衆知を集めて、改善を進める
やり方です。

 前号では、わが国は「天皇を中心に国民が心を通わせる美し
い国柄を持った国である」と述べましたが、この特質が製造現
場では協力企業との「擦り合わせ」や、現場での「QCサーク
ル」に現れているのです。

「和をもって貴としとなす」という聖徳太子の言葉があります
が、こうしてお互いに心を通わせながら、共通の目標に向かっ
て、力を合わせていく事を強みとするわが国は、確かに「大和」
すなわち「大いなる和」の国であります。

■2.日本人はグループを組むと何倍もの能力を発揮する■

 それにしても不思議なのは、日本の作業者が、学校で教わっ
たわけでもないのに、何故に「和をもって貴としとなす」とい
う姿勢を身につけているのか、ということです。

 カリフォルニア大学で、私が教わった先生も、「日本人の学
生は、一人ひとりではあまり意見発表もしないが、グループで
共同研究をさせると、途端に何倍もの力を発揮する」と言って
いました。逆に中国人やインド人の留学生は、一人ひとりは授
業中にどしどし発言をしますが、グループを組ませると論争ば
かりして、なかなか結果が出せません。日本人学生は、グルー
プ作業について学校で訓練を受けたわけでもないのに、なぜ、
こういう集団的能力を発揮できるのでしょうか。

 おそらく、家庭や学校、企業という集団生活の中で、お互い
に我が儘を言わずに、力を合わせなければいけない、という不
文律を知らず知らずのうちに、身につけて来たからではないで
しょうか。これが「文化」ということだと思います。こうした
「和」を尊ぶ文化的個性が、多くの人間の連携が不可欠なモノ
づくりにおいて、特に強みを発揮しているのでしょう。

■3.「もったいない」■

 日本のもの作りを強くしているもう一つの文化的個性として、
「もったいない」という感じ方があります。たとえば、製造工
程で不良が作られると、廃棄物として捨てられます。これを
「もったいない」と感じる感性を日本人は持っています。たか
だか月に1万円の損失であったも、なんとかゼロにできないか、
とQCサークルで作業者が一生懸命に智慧を出し合います。

 しかし日本以外の国々では、そういうアプローチはありませ
んでした。そういう改善活動やら設備の改良に100万円かか
るのなら、1万円程度の不良は捨ててしまった方が得だ、とい
う考え方が一般的です。

 しかし、もの作りとは、技術の蓄積です。1万円の不良退治
に100万円かけても、それで品質信頼性が高まり、市場の評
価も高くなって売上が増え、何千万円もの利益増加につながる、
ということがよくあるのです。また、不良退治のノウハウが見
つかると、それを他の工程や製品に展開して、工場全体では数
百万円の不良削減につながる、ということもあります。

 こうして現場が「もったいない」の気持ちを持って一生懸命、
品質とコストの改善に取り組んだ結果、日本の工業製品が世界
の消費者の信頼を得て、圧倒的な市場競争力を持つようになっ
たのです。

■4.物の本来あるべき姿がなくなるのを惜しみ、嘆く■

 ケニア出身の環境保護活動家で、2004年に環境分野で初めて
ノーベル平和賞を受賞したワンガリ・マータイ女史が来日した
時に、この「もったいない」という言葉を知って感銘を受けま
した。そして、他の言語で該当するような言葉を探しましたが、
「もったいない」のように自然や物に対する敬意、愛が込めら
れているような言葉が見つからなかったため、そのまま
『MOTTAINAI』を世界共通の言葉として広めようとしています。

「もったいない」とは、もともとは仏教用語で、「物体(もっ
たい)」、すなわち「物の本来あるべき姿」がなくなるのを惜
しみ、嘆く気持ちを表している、とされています。

 たとえば今日の工業製品の原材料は、多くは金属や石油・石
炭など土中から取り出されます。大自然が何百万年もかけて作
り出したそれらの原材料を掘り出して来たのに、我々の技術が
未熟なために、不良品として捨ててしまうのは、世の中に役立
つ製品としてその「物の本来のあるべき姿」を実現できなかっ
た、ということです。それを惜しみ、嘆き、かつ大自然に対し
て申し訳ない、という気持ちが「もったいない」なのです。

 生産現場のQCサークル活動などで、不良を少しでも減らそ
う、と作業者たちが頑張る、その原動力として、「不良を出す
ことはもったいない」という気持ちがあるのです。そして、こ
ういう気持ちがあるからこそ、その問題を解決できた際には、
「今までの不良として捨てていた原材料を立派な製品として世
の中に送り出せた」という達成感を得られるのです。

■5.「木も人も自然の分身ですがな」■

 このように不良を出すことを「もったいない」と感じる日本
人の感性には、文化的な伝統が息づいています。代々法隆寺に
仕えた宮大工・西岡常一氏はこう語っています。[a]

 こうした木ですから、この寿命をまっとうするだけ生か
すのが大工の役目ですわ。千年の(樹齢の)木やったら、
少なくとも千年(用材として)生きるやうにせな、木に申
し訳がたちませんわ。[()内JOG注]

「木のいのち」を大切にして、その「本来の姿」を実現できな
ければ「申し訳ない」というのは、まさに「もったいない」に
通じます。その根底には、木も人もこの世に生命を与えられた
同じ「いのち」である、という自然観があります。

 木は物やありません。生きものです。人間もまた生きも
のですな。木も人も自然の分身ですがな。この物いわぬ木
とよう話し合って、生命ある建物にかえてやるのが大工の
仕事ですわ。 木の命と人間の命の合作が本当の建築でっ
せ。

 わたしたちはお堂やお宮を建てるとき、「祝詞(のりと)」
を天地の神々に申上げます。その中で、「土に生え育った
樹々のいのちをいただいて、ここに運んでまいりました。
これからは、この樹々たちの新しいいのちが、この建物に
芽生え育って、これまで以上に生き続けることを祈りあげ
ます」という意味のことを、神々に申し上げるのが、わた
したちのならわしです。

 木も花も、動物も魚も虫も、そして川や山や岩さえも、自然
はすべて「生きとし生けるもの」であり、人間と同様に神様の
「分け命」である、と見なすのが、太古からの日本人の自然観
です。

■6.日本の緑被率第2位は現代世界の奇跡■

 こうした自然観は過去の遺物ではありません。現代の日本を
支えています。日本列島は世界の陸地面積の0.2%しかあり
ませんが、そこに世界の人口の2%が住み、世界のGDP(国
民総生産)の14%を生み出しています。単位面積あたりの人
口は世界平均の10倍、そしてGDPは70倍の水準です。

 そんな狭い国土に周密な人口と無数の工場を抱えながら、緑
被率(森林が国土に占める割合)は67%と、フィンランドの
69%に続いて世界第2位なのです。ちなみにフィンランドの
人口密度は日本の20分の1、世界平均の2分の1に過ぎませ
ん。[a]

 これは現代世界での奇跡とも言うべき現象で、我々日本人が
本当に誇って良いことです。なぜこのような奇跡が実現したの
か、と言えば、日本人が近代産業を発展させながら、同時に自
然を大切にしてきたから、としか説明のしようがありません。

 お隣の中国は緑被率はわずか14%。中国を旅すると、禿げ
山に僅かな緑がしがみついているような風景を、あちこちで見
ますが、何とも痛々しいという気がします。このような禿げ山
を見れば、日本人なら「自然に申し訳ない」と思いますが、ど
うも中国人は、そう感じないようなのです。自然は人間の必要
に応じて好き勝手に利用すれば良い、と考えているようです。

■7.世代を超えた文化の継承■

 もちろん、日本人でも自然を収奪の対象としか見ない人間も
いるでしょうし、中国人でも禿げ山に対して申し訳ない、と感
ずる人もいるでしょう。しかし、人口密度は日本の5分の2で
しかなく、もともと緑豊かな中国大陸だったのに、その緑被率
がわずか14%という所まで荒廃させてしまったという惨状を
見れば、これはもう人間側の自然に対する意識の違いとしか言
いようがありません。

 不思議なのは、日本人は、こういう自然観を学校で教わっ
たわけでもないのに、なぜ持っているのか、ということです。
おそらく、日本人は先祖が築いた緑豊かな国土に生まれ、それ
が当たり前の中で育てられてきました。緑豊かな環境に生まれ
育った子どもは、自ずと自然を尊ぶ姿勢を身につけてるのでしょ
う。

 散らかり放題の家に育った子は、それを当たり前だと思って、
育ちます。そういう子が親になれば、その家庭は乱雑になり、
また孫も同じように育っていきます。乱雑な環境を何とも思わ
ない、という感性は、こうして各世代に引き継がれていくので
す。逆に、美しく整理整頓された家庭に育った子どもは、それ
を当然だと感じる感性を身につけます。その感性が、家庭を整
え、それが孫の世代に伝播していく。

 このように、美しい自然を尊ぶ感性が、美しい自然を作り、
それがまた次世代において、美しい自然を尊ぶ感性を育ててい
く、という形で、世代を超えた国土と感性の継承がなされてい
くのでしょう。民族の文化的個性とは、こうして形成されてい
くものだと考えられます。

■8.日本人としての「見えない根っこ」■

 日本という国の最も誇るべき点を一言で言えば、「世界有数
の緑豊かな国土に世界有数の近代産業を築いた国である」とな
るでしょう。そしてそれを実現してきた原動力は「和をもって
貴しとなす」という倫理観、「生きとし生けるもの」という自
然観を共有する日本人の文化的個性なのです。

 我々、一人ひとりの人間は表面的には個々の肉体を持った別
個の存在のように見えますが、実は心の深いところで、日本人
としての倫理観や自然観という「見えない根っこ」でつながっ
ているのです。

 おそらくはさらにその「見えない根っこ」の最深部には、人
類として共通する心があるのでしょう。どこの国の人でもモー
ツアルトの音楽に心動かされたりするのは、そのためです。自
然の美を愛でる感情も、人類共通のものとして、人間の心の最
深部にあるのでしょう。

 しかし、そこから美しい国土を大切にする根っこを太く逞し
く育ててきた民族と、その根っこが未発達のまま、自然を犠牲
にしてきた民族とがあります。

 このような形で、人類共通の根っこから、各民族がその歴史
を通じて、様々な文化的個性を備えた根っこを育てているので
す。

■9.自分の言葉で日本を語る■

 となると、日本の文化的個性とは、我々自身の個人的個性の
「見えない根っこ」となっています。ですから、「日本を語る」
という事は、単に外国人に日本はどういう国であるかを客観的
知識として語る、ということに留まらず、「我々日本人はどの
ような文化個性を持った民族であるのか、何を大切にして生き
ているのか」という、自分自身の「見えない根っこ」を語る、
という事に他なりません。

 それが外国に行って、外国人に「日本はどういう国か」と聞
かれて答えられない、ということは、豊かな根っこに育てられ
ながらも、それを自覚していないということです。戦後の教育
の一番の欠陥がここに現れています。

 外国人に対して「日本を語る」ことができない、ということ
は、自分の子どもにも「日本を語る」ことはできません。美し
い国土や細やかな人間関係が、言わず語らずの間に、「生きと
し生けるもの」と「和」を尊ぶ心を伝えるでしょうが、意識的
な教育の方で、それを無視していれば、その心はしだいに衰弱
していってしまうでしょう。それは日本国民という国籍は持っ
ていても、日本人としての文化的個性を持っていない「根無し」
人間にしてしまう、ということです。

 このままいつたら「日本」はなくなつて、その代わり、
無機的な、からつぽな、ニュートラルな、中間色の、富裕
な、抜け目がない、或る経済大国が極東の一角に残るであ
らう。[b]

 とは、三島由紀夫の警告ですが、文化的個性という「根っこ」
を失った国民が、精神的に充実した幸福な生活を営めるわけも
なく、また国際社会においても、その個性に共感してくれる真
の友人を持てるはずもないでしょう。

 我々の子孫を、そういう不幸な目に合わせたくなかったら、
まず我々自身が自分の中の「見えない根っこ」を見出し、自分
の言葉で「日本を語る」必要がある、と思います。


http://www2s.biglobe.ne.jp/~nippon/jogdb_h19/jog500.html



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