雄渾に描き出した日清戦争の「戦前」「戦中」「戦後」外交史…欧米の資料から通説を打破し、新視点を劇的に提示した力作登場

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「宮崎正弘の国際ニュース・早読み」
平成27年(2015)1月1日(木曜日)
   通巻第4428号  <特大号>
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 <本号の目次>
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  書評 渡辺惣樹『朝鮮問題と日清戦争』(草思社)
     宮脇淳子『悲しい歴史の国の韓国人』(徳間書店)
  樋泉克夫のコラム 「我國萬世一統。所以冠萬國也」(日比野5)
  読者の声
ほか
           ◎▽□◇◎▽
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 ◆書評 ◇しょひょう ▼ブックレビュー ◎BOOKREVIEW◆
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 雄渾に描き出した日清戦争の「戦前」「戦中」「戦後」外交史
  欧米の資料から通説を打破し、新視点を劇的に提示した力作登場

  ♪
渡邊惣樹『朝鮮問題と日清戦争』(草思社)
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 またまた論壇を震撼させる大作、問題作を渡邊氏がものにされた。
この本で扱われるテーマは日清戦争を挟んでの朝鮮半島とシナの歴史、日本との関わり方。とりわけ戦後日本の怪しげな歴史学者があたかも日清戦争が「日本の侵略」であったかのような左翼の政治宣伝臭の強い学術書や新書版を俎上の載せながら、それらの虚説をばっさりと斬る。


 なにが問題かと言えば、日清戦争へ至る過程を視野狭窄の日本史学者がこれまで提示してきたが多くの論点に無数の間違いがあることだ。

それも西郷さんの「征韓論」から説き起こし、福沢諭吉らが中心だった金玉鈞の朝鮮独立支援と朝鮮への訣別をろくに文献も読まずに帝国主義などと批判する浅薄な左翼アカデミズムを、別の手法で木っ端みじんとしている。

ハースト家のイエロー・ジャーナリズムがでっちあげた「旅順大虐殺」に関しても科学的にあり得ないことが論破されている。
 渡邊氏が提示した新視点はアメリカ、英国、そしてフランス、露西亜の動きを同時に追いかけての複合的アプローチである。この複座から近代をみると、これまで解けなかった多くの近代史の謎が霧が晴れるように解けてゆくのである。

 すなわち、朝鮮の蒙昧を覚醒させ、開国させたのは日本なのだ。


その背景には英国のロシア南下予防という国策があり、やがて日英同盟となっていく。英国は「ゼームス」と名乗る謎の人物を明治政府要人と接触させて多くの機密情報を与えた背景が濃厚にある。

南北戦争で疲弊したアメリカはそれなりの外交感覚を日本に教え込み、明確な日本支援の体制があった。アメリカは早い段階で朝鮮を見限っていた。

また宣教師虐殺にフランスが激高したにもかかわらず以後、朝鮮からさっと手を引くのは、メキシコにたてた傀儡政権のことで手が一杯だったことと隣国ドイツの脅威が目の前にあったからだ。
また朝鮮を「属国」として扱ってきた清が国際外交を前にして二枚舌、三枚舌を弄して時間稼ぎをしていたことなど多くの国際的要素が舞台裏で多大な影響をもったことを淡々と事実を叙述されながら客観的にかつ具体的に述べているのである。

 まずは広く流布してきた従来的な「征韓論」解釈への疑義である。
 「征韓論」を西郷さんが唱えたと戦後の左翼歴史学はさかんに強調し、これが朝鮮侵略のテキストであるかのごとき風説、誤解を撒き散らした。
 
西郷さんは朝鮮の非礼を糺すために道義と礼節を説くために単身ソウルに乗り込もうとしており、当然だが死を覚悟していた。

もし西郷が朝鮮で殺されれば、日本は報復戦に出撃せざるを得なくなり、新政府としては財政もよちよち歩きの段階で、それは自殺行為になるから隠忍自重せよと木戸、大久保は参議で論争した。これが明治六年政変の直接の切っ掛けとなって西郷、桐野、江藤らがこぞって下野し、新政府は岩倉、木戸、大久保らで守ることとなった。

かれらは西郷ら強硬論と異なり、朝鮮との関係改善にきわめて慎重だった。つまり征韓論とはイメージのひとりあるきに過ぎず、そういう暴論は最初から存在しなかったのだ。

 「にもかかわらずこの政変からわずか二年後には漢江河口にある江華島で朝鮮との軍事衝突が起こり、その翌年には早くも日朝修好条規が結ばれる」(中略)「条規の締結には(背後で親分である)清国の承認があった」。

 それなのに、なぜ日本と清国はその後の戦端をひらくに至るのか?




 ▼近代史は不思議なことばかりである。

朝鮮を開国させたのは日本である。日本はペリーの役割を果たしたが、なぜ、あの時期に国際情勢が日本にそこまでの歴史的プレイヤーを演じさせたか。

 その後、アメリカは暗黙裏に日本の行動をサポートした。それが「謎」である。

 渡邊氏は、従来の日清戦争を二国間関係、いや朝鮮は清国の属国だったわけだから日清二ヶ国の文脈で歴史を解釈してもいいことになるが、そうではなく同時期にアメリカ、英国、フランス、そしてロシアが背後でどう動き、どのような役割を演じたか。それによって日本の方針がいかに左右されたかを淡々と事実を並べ、また同時に新発見の資料を駆使して、従来の解釈をつぎつぎと転覆させていくのである。


 また外国人顧問団と舞台裏での活躍が、はっきりと映像が浮かぶように説かれる。これまでの類書にはまったくでてこない日本外交のご意見番的なアメリカ人学者のアドバイザーがいた。日本にはスミス、朝鮮にはアレン、そして清国にはフォスターというブレーンが背後で助言していたのだ。同時に諸外国の大使、公使とその周辺を囲んだロビィストや政商にはキャリアのない詐欺師や一攫千金を夢見る有象無象がいた。


 1852年、ペリー提督の艦隊は日本へむけて船出した。その頃、日本に多大な関心を抱いていたのがウィリアム・スワード上院議員だった。かれこそはリンカーンと大統領選挙を争い惜敗した政治家で、リンカーン政権で国務長官となって外交を任された。そしてリンカーン暗殺後のジョンソン政権でもスワードは国務長官にとどまり、おりから軍艦の買い付けにきた日本使節団を歓待した。スワード長官は実にあっさりと最新軍艦を日本に売却することを認めた。


同時期、朝鮮海域で米国戦が行方不明となり、またフランス人宣教師が殺害され、1866年にはフランス人宣教師九名をふくむキリスト教徒一万人が虐殺された。

「スワード長官は駐ワシントン仏公使に合い、朝鮮開国を共同プロジェクトとして進めないかと持ちかけた。(狙いは)米仏友好関係の回復を世界に示すことができる。同時に日本開国に続けてアメリカの極東外交の展開にあらたな花を添えることになる」。

アメリカは南北戦争の荒廃からインフラ構築に精力を傾けていた時期であり、フランスはビスマルク・ドイツの勃興を前に極東プロジェクトへ関与する余裕がなかった。だから、日本に期待が高まっていくという背景があった。

英国はロシアの南下をもっとも懼れた。



▼米英仏の砲艦外交と日本のアプローチの差違、

 米国艦隊は江華島から親善を表しての上陸を試みるが、砲台から銃火が浴びせられ応戦する。以後、繰り返されるのは事大主義朝鮮の不意の銃撃、とってつけたような謝罪、ああだこうだの言い訳を延々とがなり立てての時間稼ぎ、文書の不備などに難癖を付け使節団を苛立たせたかと思うと土壇場で清国にお伺いを立てるので等と抗弁し、結局、朝鮮は清国の属国でしかなく、列強は、この交渉は清国の李鴻章と話し合いをするほかはないとする結論に至った。

 日本の新政府の外交顧問になったのは学者のペシャイン・スミスだった。木戸や伊藤が米欧使節団でアメリカに滞在した折、多大の影響を受けた。かれは政治学、法律ばかりか経済学者でもあり、自由貿易にひそむ英国の陰謀をみぬき、アメリカ・スタイルとしてのインフラ構築と労働力の重要性を説くブレーンでもあった。

 日本と朝鮮の関係改善に動き、日朝修好条規にこぎ着けたのは、「西洋列強が日本の開国交渉を支持したことが重要な要因だった」(74p)

 そして木戸は米国に七ヶ月滞在しているが、「対朝鮮外交が二国間交渉ではないことを明確に理解していた。(木戸が教えを請うたスミスが)スワード国務長官と昵懇であった」(83p)。

すなわち木戸は、朝鮮開国にこぎ着けるには宗主国清と、フランスと米国、英国という欧米列強にくわえ南下をねらうロシアを含める多国間交渉をすすめる必要を知っていた。

 同時期に頻発した国際係争は裁判にもなったが、明治政府には法律顧問としてG・S・ヒルがいた。

 このように日清戦争にいたる背景には複雑怪奇な要素が複合的にからみあい、同時に清国と朝鮮の二枚舌三枚舌に振り回される歴史的背景が丹念に本書では述べられている。

読むのに一週間ほどかかったが、ともかく圧巻である。

       ◎◎◎

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 ◆書評 ◇しょひょう ▼ブックレビュー ◎BOOKREVIEW◆
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 こんな嘘放送を繰り返す限り韓国の反日は終わらない
  まさに困った隣人につけるクスリ

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宮脇淳子『悲しい歴史の国の韓国人』(徳間書店)
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 韓国と北朝鮮と中国は「反日御三家」。永遠にわかりあうことがない「困った隣人たち」の本当の歴史、とりわけ本書は韓国の出鱈目な自国史観にメスを入れ、殆ど全ては嘘の固まり、この偽造史観に燃える限り、韓国人の反日は終わらないと悲しい現実を直視する。

 新羅は唐と同盟して日本に敵対したばかりと思われたが、宮脇さんに拠ると、新羅は日本に朝貢していたこともあるというではないか。いい加減な事大主義の国ならではのこと、ひとつの真実も節操もないのだ。

 「新羅が朝鮮半島を統一するのは唐と結んで高句麗と百済を滅ぼし、白村江で倭の軍団を壊滅させて以降ということになります。しかし唐との関係が敗れたあとは日本との関係を修復して、天武天皇の時代には日本に朝貢する関係にもなっている」(33p)

 そして、こういう事実もある。

 「1258年、江華島でクーデターが起こって武士大臣政権が斃れ、モンゴルに降伏するしかなくなった高麗王の太子は自らモンケ・ハーンに会いに行きます」。
 そして臣下の礼を取ったので、高麗国王の席次は高くなり、以後はモンゴルの姫を貰い、その王子はまたモンゴルの姫を貰い、つまり子供らは二百年間にわたってモンゴルの都で生活したため、肉食を覚えたが、人質でもあった。済州島はモンゴルの植民地となり、モンゴルの馬が大量に持ち込まれた。

 元寇のときも高麗が日本侵略の先兵を務めたことは今更言うまでもない歴史の事実であり、モンゴルは船に乗れないため、水主(かこ)の大量に高麗人が雇用された経緯も、本書では縷々と説明されている。


 こうして朝鮮の真実の歴史が白日の下にサラされると、いったい何だ、この国は?

主体性というものがない悲しい国であるということが肺腑にしみ込むかのように了解できるのである。
           ○
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 樋泉克夫のコラム 樋泉克夫のコラム 樋泉克夫のコラム
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樋泉克夫のコラム
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【知道中国 1178回】
  ――「我國萬世一統。所以冠萬國也」(日比野5)
  「贅肬録」「没鼻筆語」(東方学術協会『文久二年上海日記』全国書房 昭和21年)

  △
小袴、天公(カサ)、腰に刀。「拳ヲ揮ツテ、意氣揚々市街ヲ歩」く。すると中国人が道を開けてくれる。だが行く先々で十重二十重に取り囲み、前後左右から覗き込むように眺め、「髪ヲ指點シ絶倒ス」。さほどまでに丁髷は珍奇に思えたのだろうが、一方で太平天国に苦しむ上海を救助にやってくる日本からの援軍の先遣隊という噂の真偽を自分の目で確かめたかったのかもしれない。

 ある日、干物屋、八百屋、米屋、綿屋、鶏や鴨を油で揚げて売る油物屋などが犇めき、「路甚ダ狹ク臭氣甚ダシ」く「酸鼻」を極める市街を「迂曲徘徊」した後、上海南西の郊外を歩く。「往々兵卒ニ逢フ」が「ソノ容貌健強ナラズ」。弱兵では戦は出来申さん、といったところだろう。やがて「田間ニ至ル」と、「亂ヲ避ケ假居スル者多シ」というから、乞食同然の悲惨な難民生活を目にしたはずだ。畑に見えるのは「胡瓜・茄・蜀黍・夏蘿葡・冬瓜・大豆・裙帯豆・紫蘇・藜・コウライノ類」で、「田畝ノウユルモノ我國ト異ナラズ」。

 ところが、そこここに「箱アリ。長サ六七尺、ソノ數タトヘ難シ。臭氣尤モ甚ダシ。行人ニ問フニ皆棺ノヨシ。惡病流行ニテ死人多シ。故ニカクノゴトシ」。日比野も罹ったコレラは、さぞや猖獗を極めたのだろう。墓石が立っているものもあるが、「中ヨリ棺ノ露スルアリ。コレ年ヘテ頽破セシナリ。〔中略〕封土短カク土肉至ツテ薄シ」と。

千歳丸一行の上海滞在は夏。夥しい数の棺から腐敗臭が漏れていただろうから、「臭氣尤モ甚ダシ」となるはずだ。おぞましいばかりの風景に、日比野もまた閉口し困惑の色を露わにする。

夥しい数の棺が放置された一帯を先に進むと「長毛賊ヲ防禦ノ爲ニ野陣スル」「李鴻章ノ陣營」がみえた。さらに進み、一休みした寺の軒先で「小童書ヲヨム」。覗き込んでみると儒教古典の「中庸論語ナリ」。一緒にいた爺さんに筆談で問い質すと、去年7月、この一帯が太平天国軍に襲撃されたことから、一家眷属を挙げて上海東方の浦東に逃れた。現在の上海国際空港の在る地である。太平天国軍撤収の後に戻ったものの、「家財米粟皆奪ヒ去?」。その後も戦火は止むことなく、世の中は荒みきったままだ、とのこと。太平天国軍の兵士もまた、戦争に勝てば略奪し放題という中国古来の伝統に倣っていたということだろう。

ここまで聞いて日比野は、「蓋シ頽破キハマル、然カルモ子孫ニ書ヲヨマセ、且質樸ニテ田舎ノヲモムキ賞スベシ」と。上海の街に出て西洋人に媚び諂って狡猾に生きるよりも遥かに素晴らしいではないか。昼食を見せてもらったが質素そのもの。だが男女の別は厳然として守られている。かくて日比野は「實ニ感ニタへタリ」と、失意の中にも泰然として生きる姿に感嘆の声を洩らす。

再び市街に戻り、「徘徊シテ聖廟ヲタヅヌ」。やっと探し当てた孔子廟だったが、そこは銃を構えたイギリス兵に守られていた。何とか頼んで中に入れてもらったが、孔子像は撤去され見当たらず、広い廟内はイギリス兵の兵営になっていた。本来そうあるべき学童の勉学の場では、「喇叭操兵ノ聲」が聞こえるだけ。かくて「嗟、世ノ變ズル何ゾ甚ダシキヤ。李鴻章數萬ノ兵ヲヒキヰテ野外ニ賊ヲ防グ。ソレ狐ヲ驅ツテ虎ヲヤシナフカ。何ゾ失策ノ甚ダシキヤ」ということになる。

狡猾な狐(太平天国軍)を駆逐すべく李鴻章麾下の数万の兵が前線に赴き上海を出払っている間に、上海では獰猛な虎(イギリス兵)が孔子廟を占拠して侵略の牙を磨いでいた。これこそ失策の最たるものだ。
康熙、雍正、乾隆、嘉慶、咸豊の清朝歴代皇帝の筆になる扁額は残されているもが、「コノ前ニテ英人無儀無法ノアリサマ、實ニ惡ムベク實ニ嘆スベシ」と、憤慨頻りである。
《QED》
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(C)有限会社宮崎正弘事務所 2015 ◎転送自由。転載の場合、出典を明示
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