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THE AFRICAN SAMURAI ★ 海外「日本史にハマりそう…」 信長に仕えた黒人サムライの存在に外国人が感動




今回は、織田信長に仕えた黒人のサムライ、弥助に対する反応です。

弥助はイタリア人宣教師のヴァリニャーノがインドから連れてきた召使いで、出身地は現在のモザンビークだとされています。

ヴァリニャーノが信長に謁見する際に共に連れて行ったところ、初めて黒人を目にした信長は、肌に墨を塗っているものと思いこみ、目の前で体を洗わせ、それでようやく弥助の肌が黒いことを信じました。
弥助に興味を示した信長は、彼を正式な武士の身分に取り立て、私宅と腰刀を与え、後々には城主にしようとさえ考えていたそうです。

本能寺の変の際には弥助も本能寺に滞在しており、明智軍の襲撃に遭遇。
信長の落命後二条城に移り奮戦するも、明智軍に捕縛され南蛮寺に送られます。
その後の弥助の消息については、残念ながらまったく分かっていません。

日本人にとってもロマンを感じる興味深い物語ですが、外国人、特に黒人の方々は、大変な感動を覚えていらっしゃいました。


YASUKE: THE AFRICAN SAMURAI.........

Yasuke is a Japanese name used to refer to a (African),Yasuke was the bodyguard for warlord Oda Nobunaga He was described in

The "Lord Nobunaga Chronicle" (Shinchōkōki) has a description of Yasuke's first meeting with Nobunaga. "On the 23rd of the 2nd month March 23, 1581, He looked about 26 24 or 25 by Western count or 27 years old; his entire body was black like that of an ox, he looked as if the first and EARLY SHOGUNS. The man was healthy and good-looking. Moreover, his strength was greater than that of 10 men."

After Matsudaira Ietada had met Yasuke in May 1582, Ietada journalized his looks. " His name was Yasuke. His height was high beautiful as the Sun. He was black, and his skin was like charcoal." If so, his tall stature would have been very imposing to the modern Japanese of the day.

And he was affluent in several languages including japanese which bolsterd along with his size and strength to warlord Nobunaga. Yasuke became a permanent fixture in Nobunaga’s retinue, his size and strength acting as a deterrent to assassination not to mention a flavour of exoticism. Yasuke was made to a Daimyo (a Japanese land-owning lord). Yasuke was given the honour of being made a member of the samurai class, a rare honour.

https://www.facebook.com/photo.php?fbid=10208549621448405&set=a.1061869277353.2011298.1544605485&type=3&theater

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■この記事を読んだ外国人の感想です

■ 黒人のサムライがいたなんてとんでもなくクールじゃん! +10 アメリカ




■ 黒人には偉大な歴史があったんだな。
  この歴史を隠そうとする勢力がいるのも理解出来る。 アメリカ




■ ノブナガ・オダって、魔王って呼ばれてる人だよね……。 シンガポール




■ こんな歴史が存在したなんて知ってた人いるか? +10 アメリカ




■ この記事、ブックマーク直行でした。 +14 アメリカ




■ ヤスケって名前の響きがカッコイイ。 +1 国籍不明




■ 16世紀にはグローバリセーションが始まってたわけか。 +1 タイ




■ 本物のアフロサムライが存在してたとはね。 +10 インド




■ ポルトガルの宣教師と一緒に来た可能性が高そう……。 +1 イタリア

「ポルトガル人だから種子島に行きたい」 外国人が語る『日本の好きな場所』




■ "猿さん"、つまりヒデヨシの部下だと勘違いしてたわ。 +1 インドネシア




■ オーマイガーッ、これマジなのか!!!!
  俺こういう話、大好物なんだよ! +3 アメリカ




■ 俺たちも世界を旅してたわけだったんだね。 +2 ナイジェリア




■ 黒人におけるラストサムライじゃないか。 +2 オランダ




■ 記録に残っている唯一の人ってことだよね。
  でも当時の日本に渡った黒人は実際には彼だけじゃないと思う。 カナダ




■ この事実を知った後、3時間くらいヤスケの情報を調べてた。
  久々の大感動だ。日本史にハマっちゃいそうだよ……。 フランス




■ アフリカ人のサムライか。
  あの時代にどうやって日本に渡ったのか気になる。 アメリカ




■ 映画化してくれよ。
  ラストサムライより良い映画になる気がする。 +1 ブラジル

海外「映画より面白い」 ラストサムライの史実に外国人興味津々



   ■ うん、この人の人生はその価値があると思う。 国籍不明



■ 俺たちは色んな舞台で活躍してたんだな! +3 アメリカ




■ 何で俺はこんな話を今の今まで知らなかったんだ! +7 アメリカ




■ 私たち黒人も、昔からグローバルだったんだ!!!! +6 アメリカ



 
■ 「名誉」の意味を知るのに人種は関係ないってこった。 アメリカ




■ 日本の歴史の中でも一際興味深い事実だと思う。 +4 イタリア

海外「日本史面白い!」 鉄砲伝来から開国までの流れに外国人感激




■ ロード・ノブナガと共に命をかけて戦った、
  リアルアフロサムライの物語ってわけだ。 +4 ギリシャ




■ 初の黒人サムライ、ヤスケ。
  彼は宣教師によって日本に連れていかれたわけだけど、
  奴隷だった彼は、高名なオダ・ノブナガに仕えることになった。
  ヤスケはノブナガの敵と戦った経験すらある。
  その勇気はサムライの称号に値したってことだよね。 +7 アメリカ



   ■ アフリカ人は色んな世界にいた。
     奴隷制度が黒人を世に知らしめたわけじゃない。 アメリカ



      ■ その通り。だけどアメリカの歴史教科書やメディアは、
        俺たちをただの奴隷に過ぎなかったと考えている。 アメリカ



■ こういう歴史があるから、俺は日本に惹かれるんだ……。 +4 アメリカ




■ ただ彼の鎧や遺品がどうなったかは誰も知らないんだよ。 +1 国籍不明

海外「日本の鎧カッコイイ!」 サムライの甲冑が外国人を魅了




■ この人はアフリカ人の誇りだね。 +2 ナイジェリア




■ アフリカと日本を繋ぐ物語。
  なんでこんな話があまり知られてないんだろう。 +4 国籍不明




■ 俺たちが世界中で活躍していたことを証明する事実! +22 アメリカ




■ 同じ黒人として彼の存在をとても誇りに思うよ。 +4 アメリカ




■ たとえ彼を保護してくれた人だとしても、
  オダってどうも好きになれないんだよなぁ。 アメリカ
 



■ 素敵な情報! 歴史の授業でもっとこういう話を知りたいw
  そうすればもっと勉強に身が入ったはずなのに。 アメリカ




■ ノブナガの時代に既に交流があったのか……。 +3 フランス

海外「信長は世界最高の大将」 長篠の戦いに外国人も興味津々




■ 子供の頃サムライを愛するあまりサムライになりたいって思ってたけど、
  それにはちゃんと理由があるはずだと思ってたんだよ。
  ……俺にもきっとサムライの血が流れてる! +3 アメリカ




■ モザンビークのサムライが日本に住んでいたなんて知らなかった。
  何歳になっても、新たなことを学ぶ事が出来るんだね。 +3 ザンビア


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■終戦直後の日本人引揚者を襲う朝鮮人たち…「竹林はるか遠く」

朝鮮人の男たちが、藪の中へ女の人たちを引きずっていくのを見たし、若い女性に乱暴しているのも見たわ(111頁)。

彼ら(朝鮮人)は悦楽を求めて人々の間をよろよろ歩き、そして娘たちを見つける度に外へ引きずり出した。たびたび女たちの悲鳴が響いた。(118頁)。

また、朝鮮人が、日本人を殺したうえで金歯まで抜いている記述もある(129頁)。








■通州事件…盧溝橋事件発生から3週間後の1937年7月29日
北平(北京)東方の通州で中国保安隊による大規模な日本人虐殺事件が発生した■


夫を生きたまま腹を切り裂き…「これはおいしいぞ、日本人の腸だ、焼いて食べろ」…そうして、その妻である妊婦の腹を切り裂き胎児を取り出す。

それはこの男の人の頭の皮を学生が青竜刀で剥いでしまったのです。
頭の皮を剥いでしまったら、今度は目玉を抉り取るのです。このときまではまだ日本の男の人は生きていたようですが、この目玉を抉り取られるとき微かに手と足が動いたように見えました。








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