ドイツは日独伊三国同盟締結後も密かに中国を支援し続けた その「裏切りのDNA」は今もなお

伊勢志摩サミット(主要国首脳会議)に参加したG7(先進7カ国)は、東シナ海や南シナ海における中国の海洋侵出に対する厳しい現状認識を共有し、首脳宣言に盛り込んだ。
中国をカネのなる木としか見られず、凶暴性を実感できない欧州にしては上出来で、まずはめでたい。
しかし、三重県鳥羽市のミキモト真珠島で、安倍晋三首相(61)の昭恵夫人(53)や他の首脳夫人とともに、ドイツのアンゲラ・メルケル首相(61)の夫君も体験した真珠の取り出しなど、サミットに伴うイベントで「不信の歴史」が唐突によみがえった。
ドイツの「対中脅威認識深度」には今後も観察が不可欠だと、直感させられた。

 欧米の悪癖「中国へのえこひいき」の源流は近代にさかのぼる。特に“ドイツと真珠の取り合わせ”にはドキリとさせられる。その昔、「東洋の真珠」と呼ばれた、ドイツに縁の深い中国の都市が存在した。ドイツが清国から租借した青島だ。

 第1次世界大戦(1914~18年)開始直後、大日本帝國はドイツに山東省・膠州湾租借地の中国返還を最後通告、最終期限を待って宣戦布告した。ドイツ降伏で中心都市・青島は日本統治となり、ドイツの一大権益は吹っ飛んだ。
以来、日本に恨みを抱くドイツの中国への肩入れは続き、1940年に日独伊三国同盟を樹立後も「中国支援」を密かに貫く。

 同盟関係を裏切るドイツのDNAを、中国は見逃さない。中国の習近平国家主席(63)は、日本も念頭に「中徳(独)合作」を21世紀に復活させるもくろみのようだ。

新「中独合作」の序曲=大陸横断鉄道

 習氏は2013~14年にかけ、経済を武器に影響力圏を拡大していく《一帯一路》戦略を明らかにした。ところが、もっと早く「中独合作」は進行していた。
中国製生活用品を積んだ試験運行の貨物列車がドイツに着いたのは2008年1月24日。ドイツは今も昔も有数の武器輸出国。北京を出発して1万キロの旅を続けた列車は、小欄をして「中独合作」の幕開けに映った。

 当時、この報道に接し、第2次大戦(1939~45年)中の戦場をテーマにした連続テレビドラマ《コンバット》に登場する敵役・ドイツ軍将兵のファッショナブルな軍装が頭をよぎった。
ドラマは小欄以上の世代をテレビにくぎ付けにしたが、思い出したドイツ軍将兵のさらに向こう側に、ドイツ軍軍装に酷似する中国・国民党軍軍装が透けて見えた。

 冷静に考えれば、同盟国・ドイツの軍人が、主人公の米軍将兵に打ち負かされるシーンに拍手していた倒錯図は、戦後教育の負の産物であったやもしれぬ。
が、近代史では“日独親善”に隠れてはいるが、ドイツの日本に対する仕打ちには、ドラマで米軍を応援する理由には成らずとも、唾棄すべき行状を観る。

 なぜ、ドイツ軍軍装と中国・国民党軍軍装がダブるのかを含め、順次説明する。

18世紀以来の国家的課題=中独軍事貿易

 ドイツが舌なめずりする対中貿易は、実のところ1750年代以来の国家的課題で、英国に対抗し1885年、清国直行汽船への補助金を支出、やがて英国に次ぐ貿易量を達成した。
英国やフランスに比し帝国主義色が薄いドイツに、清国が後の日清戦争(1894~95年)で日本にとり大きな脅威と化す東洋一の巨大堅艦《定遠/鎮遠》建造や、
日露戦争(1904~05年)で、日本軍将兵におびただしい数の犠牲を強いた旅順要塞の造成を協力要請したのもこの時代である。

 その後、ドイツは帝国主義を強め、1897年にはドイツ人宣教師殺害を機に出兵、清国に膠州湾租借をのませた。以後、中心都市・青島は要塞・文化双方の顔を見せつつ急成長する。

 例えば、陸上兵力は1914年に2200人を数え、周囲の山や海岸に築かれた砲台が援護した。海上ではドイツ東洋艦隊が南太平洋の独植民地との間を遊よくした。

 一方で港/鉱山/銀行/鉄道/麦酒会社/学校/病院/ホテル/教会/食肉処理場を建設。郵政にもいち早く着手し、消印で青島が独支配下にあることを世界に宣言した。650種=数百万本もの木が世界中で集められ植樹(1240ヘクタール)されてもいる。

 繰り返しになるが、第1次大戦開始直後、日本はドイツに膠州湾租借地の中国返還を最後通告、最終期限1914年8月23日に宣戦布告した。ドイツ降伏で「東洋の真珠/小ベルリン」と称された青島は日本統治となり、ドイツの一大権益は吹っ飛ぶ。
ドイツの“日本嫌い”は「青島の恨み」を起点としている、と思っている。

中国軍の近代化に手を貸したドイツ軍

 清国同様に対日戦略上、軍近代化を迫られた中国・国民党は満州事変(1931~33年)後、独ワイマール共和国や続くナチス政権に接近。軍事用鉱物資源獲得の狙いもあり結局、ドイツは1927~38年まで軍事顧問団を送り続けた。 

 とりわけ、1934年より1年間団長を務めたハンス・フォン・ゼークト退役陸軍上級大将(1866~1936年)は、第1次大戦で壊滅状態に陥ったドイツ軍の再建と将来(電撃)戦への青写真を確立した「ドイツ軍の頭脳」と畏敬された人物であった。

 国民党の蒋介石前国民政府主席(当時/1887~1975年)に、大規模・低練度だった国民党軍の装備や機動性の向上を具申した。
後継団長アレクサンドル・フォン・ファルケンハウゼン退役陸軍中将(後に歩兵科大将に現役復帰/1878~1966年)も路線を踏襲し、ドイツ式教育訓練を続けた。

 方針に沿い、8割が非近代兵器だった国民党軍に鉄帽/小銃/各種大砲をはじめ戦車や戦闘機まで輸出。ドイツで教育した中国人技術者運営の各種工廠では双眼鏡/狙撃銃用照準/小銃/機関銃/迫撃砲/装甲偵察車両/大砲/ガスマスクを生産した。
毒ガス製造施設建設こそ中止されたが、化学研究所はドイツ企業の支援で完成した。既述したが、国民党軍の軍装がドイツ軍ソックリなのは当然といえた。

日本軍を苦しめたドイツ軍顧問団

 折しも、国民党軍による攻撃に日本軍が応じ第2次上海事変(1937年)が勃発するや、ファルケンハウゼンは蒋に消耗・ゲリラ戦に持ち込み大日本帝國陸海軍を疲弊させる作戦を進言。
上海西方に構築した塹壕とトーチカによる要塞線=ゼークト線に日本軍をおびき寄せんとした。日本軍は圧勝したが損害は予想外に大きかった。

 軍事資源を産む鉱山・工業地帯と沿岸を結ぶ鉄道敷設でも中独は利害が一致。ドイツ技術を投じた貴陽~南昌~杭州や漢口(現在の武漢)~広州路線は、軍用としても日本軍を悩ませる。

 だが、ドイツ総統アドルフ・ヒトラー(1889~1945年)の政策転換で「中独合作」はやっと変質する。とはいえ「青島の恨み」はゾッとするほど根深い。

 1936年に(対ソ)日独防共協定を結びながら、対中武器輸出を密かに継続。密輸は、37年の中ソ不可侵条約で態度を硬化させたヒトラーが新たな兵器輸出を禁じるまで続く。
それでも受注済み兵器は契約通り輸出され、完全な禁輸・顧問団撤退はドイツが満州国を承認した38年。国民政府と断交、“親日”の汪兆銘政権(1940~1945年)を認めたのは、何と日独伊三国同盟締結から1年近くもたった41年になってだった。


唖然とするメルケル独首相の対中認識

 今次サミットで、欧州が中国への警戒心を示したかに見える背景には、安倍首相と欧州各国首脳との事前個別会談が横たわる。5月の日独首脳会談でメルケル首相は自身の地元に設立された《孔子学院》について不満を漏らした。いわく-

 「孔子を学ぶ施設ではなかった」

 メルケル首相の認識はこの程度だったのかと、二重の意味で唖然とした。孔子学院は儒学を学ぶ教育機関ではない。中国語や中国文化の学習が表看板だ。しかも、正体は海外の大学に取りつき、中国の正当性を外国人に洗脳する諜報機関である。

 南シナ海で軍事拠点化を進める中国に対し「米国はもっと軍事的プレゼンスを発揮すべきだ」とも発言したやに聴く。
中国で過剰生産された鉄鋼製品の不当な安値輸出が、自国の経済・雇用に及ぼす悪影響を阻止する目的にだけ向けた「対中警戒」ではないことを願うばかりだ。

日本の頭ごなしの対中武器禁輸解禁を警戒せよ

 最初の「対中警戒度試験」は、中国との領有権をめぐり、フィリピンが常設仲裁裁判所に申し立てた訴えに対する判断が示されたとき。
中国が判断を無視した場合、ドイツなど欧州はいかなる対抗策・制裁を採るのか、見極めた上で「対中警戒の本気度」を判定したい。

 天安門事件(1989年)を契機にEU(欧州連合)は対中武器禁輸を続けているが、日本の頭ごなしに解禁する悪夢は絶対に阻止せねばならない。


2016.6.6
http://www.sankei.com/premium/news/160606/prm1606060005-n1.html






■欧州中で嫌われるドイツ■

ドイツはヨーロッパ中のすべての国を助けているにもかかわらず、みんなに嫌われている。

ドイツはヨーロッパの他国から反感を持たれている。

ドイツはみんなを助けるつもりで財政援助をしているのに、ギリシャ人からも、イタリア人からも嫌われている。


彼らは友好国を作ろうとして敵国を作ってしまうのである。

(ドイツは)自分が助けた国からも嫌われる振る舞いをしてしまう…

★「中国4.0 暴発する中華帝国」 エドワード、ルトワック 著  p159~





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