中田宏「政治家の殺し方」私を奈落の底に落とした、捏造された女性スキャンダルとは




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■通州事件…盧溝橋事件発生から3週間後の1937年7月29日
北平(北京)東方の通州で中国保安隊による大規模な日本人虐殺事件が発生した■


夫を生きたまま腹を切り裂き…「これはおいしいぞ、日本人の腸だ、焼いて食べろ」…そうして、その妻である妊婦の腹を切り裂き胎児を取り出す。

それはこの男の人の頭の皮を学生が青竜刀で剥いでしまったのです。
頭の皮を剥いでしまったら、今度は目玉を抉り取るのです。このときまではまだ日本の男の人は生きていたようですが、この目玉を抉り取られるとき微かに手と足が動いたように見えました。





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前横浜市長の中田宏氏は「女性スキャンダルまみれ」で「ハレンチ市長」と命名された。悩み苦しんで白髪頭となり、死を考えたこともあった。今だからこそ語れる、地方政治のダークな実態とは。

中田宏氏のプロフィール

昭和39(1964)年9月20日生まれ。会社員の父親の転勤に伴い小学生から高校生の間は横浜、福岡、大阪、茅ケ崎、横浜と移り住む。身長184センチ、体重75キロ。趣味は読書とフィットネスジムでのトレーニング。座右の書は「路傍の石」(山本有三)、座右の銘は「先憂後楽」。血液型、性格共にA型。




「女性スキャンダルまみれ」で「ハレンチ市長」と命名された、前横浜市長の中田宏氏。悩み苦しんで「白髪頭」となり、「死」を考えたこともあったという。そんな彼が、政界の隠れた裏側を告白した。

私を奈落の底に突き落とした数々のスキャンダル

 私が横浜市長に就任したのは2002年、37歳のときだ。衆議院議員を連続3期務めた後、4期目を目指す現職の高秀秀信氏と選挙戦を戦い、財政再建を全面に押し出した私が当選した。いまとなっては悪い冗談のようにしか聞こえないかもしれないが、当時は「若さとクリーンさを掲げて初当選」と新聞やテレビなどで報じられ、史上最年少(当時)の政令指定都市の市長としてマスコミにもてはやされた。

 私の経歴はといえば、中学生のときは野球部、高校では空手道部と、勉強より運動の方に精を出していた。新聞配達をしながら2浪の末、青山学院大学に入学。卒業後は松下政経塾に入塾してゴミ問題に取り組み、1993年に28歳で衆議院議員に初当選した。こうした私の経歴をマスコミは「成功者」として扱った。

 2006年4月の市長2期目の当選後にはベストジーニスト賞、2007年の父の日にはベストファーザー賞をいただいた。しかし、その数カ月後には『週刊現代』(講談社)の一連のスキャンダル記事が始まるのだから、何とも皮肉な受賞だったといえる。受賞を決定した日本ファーザーズ・デイ委員会の方々はさぞや困惑したことだろう。

 マスコミの私への攻撃は、2007年11月10日号の『週刊現代』の記事「中田宏横浜市長『“私の中に指入れ”合コン』と『口封じ恫喝肉声テープ』」から始まった。そして、翌週の11月17日号には「“ワイセツ合コン 横浜市長”中田宏氏の『公金横領疑惑』と『黒い人脈』」、12月1日号には「中田宏横浜市長は海外視察をサボってキャバクラで『ホステスおさわり』」、12月8日号には「“憤死” 横浜・高秀秀信前市長の未亡人美智子さんが激白『夫は中田宏に殺された』」と続く。さらに、連載最終となる12月22・29日号では「中田宏横浜市長『消えた選挙資金1000万円』と『税金ネコババ』疑惑、市民団体が刑事告訴へ」という記事が掲載された。

 翌年の12月20日号では「中田宏横浜市長との不倫、卑劣な素顔」、12月27日・1月3日号「私は中田宏横浜市長を訴えます」というおまけまで出た。いやはや、これらの“罪状”が事実ならば、私は今ごろ高い塀の内側で自由がきかない生活をしているに違いない。

 私への疑惑を要約すると、合コンでのハレンチ行為、公金横領、海外視察のサボり、前市長への裏切り、不倫騒動、飲酒運転、税金ネコババと続く。よくもまあ、これだけインチキ記事をねつ造できたものである。どれも裏づけ取材のない、いい加減な内容だ。私の周辺から意図的に流された噂話を事実であるかのように書きつらねている。

 これらの記事の真偽の程については後述するが、私と敵対するグループによるいやがらせだということは、民事訴訟の判決でもはっきり認定されている。「政治家を殺すのに刃物はいらない。スキャンダルをでっち上げればいい」というやり方だ。

 自分を完璧な人間、清廉潔白な政治家だと豪語する気はさらさらないが、人間として最低限のルールは守っているつもりだ。また、政治家としてその職権を利用して不正を働いたことなど、ただの一度もない。褒められたものではない行為や振る舞いが皆無だと言うつもりはないが、記事にあるような行為は一切やっていない。

では、なぜ、こんな目に遭ったのか? 

 一言でいえば、私の市長として実行した改革が、既得権益や利権を奪われた人びとの恨みを買い、その報復としてバッシング記事が仕掛けられたということだ。私のイメージダウンを図り、政治生命を絶とうとしたのだ。

 一連の報道を受け、横浜市議会でやり玉に挙げられたが、私は相手にせず、出版社を相手取った名誉毀損裁判を起こした。ありもしない女性問題で議会の進行を遅らせたくはなかったからだ。少なくとも係争中は黙秘できるし、裁判で真相が明らかになれば議会で追及されることもなくなる。「全ては裁判で明らかになる」と表明し、粛々と市長職をこなした。それが私なりの反撃だった。

 そして、最初の報道から約3年が過ぎた2010年10月、特に悪質だった3つの記事(強制わいせつ疑惑、公金横領疑惑、市長公務の放棄疑惑)について「こうした事実はない」と裁判で認められた。さらに、「私と結婚の約束をしていたのに裏切られた」として元ホステスの女性から慰謝料を請求された裁判でも、交際の事実がないとして訴えが棄却された。

 これで晴れて潔白が証明されたわけだが、読者の中には「そうはいっても、つけいられるような事実があったんじゃないか?」と詮索する向きもあるかもしれない。「火のないところに煙は立たず」という言葉もある。しかし、実際にそうした事実はない。

 私を陥れようとする者たちの狙いは、一時的にターゲットを貶(おとし)めることであって、事実であるかどうか、裁判で勝つか負けるかなど関係がないのだ。

 そこに隠された真実とは何なのか。現役市長を辞したいまだからこそ語れる地方政治のダークな世界を、皆さんにお伝えしていきたいと思う。


http://bizmakoto.jp/makoto/articles/1112/20/news008.html









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■終戦直後の日本人引揚者を襲う朝鮮人たち…「竹林はるか遠く」

朝鮮人の男たちが、藪の中へ女の人たちを引きずっていくのを見たし、若い女性に乱暴しているのも見たわ(111頁)。

彼ら(朝鮮人)は悦楽を求めて人々の間をよろよろ歩き、そして娘たちを見つける度に外へ引きずり出した。たびたび女たちの悲鳴が響いた。(118頁)。

また、朝鮮人が、日本人を殺したうえで金歯まで抜いている記述もある(129頁)。






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