■■ 国際派日本人養成講座 ■■日露戦争(下)~ 世界を変えた一戦 日露戦争で明治日本は世界史に残る勝利を成し遂げ、世界の有色人種に独立への希望を与えた。






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歴史教科書読み比べ(38) 日露戦争(下)~ 世界を変えた一戦

 日露戦争で明治日本は世界史に残る勝利を成し遂げ、世界の有色人種に独立への希望を与えた。
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■1.開戦

 東京書籍(東書)版では、ロシアとの開戦をこう記す。

__________
 政府はロシアとの交渉をあきらめて, 1904年2月、開戦にふみ切り、日露戦争が始まりました。[1, p178]
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 どんな交渉をしたのかを記さずに、いきなり「ロシアとの交渉をあきらめて」では唐突で、なぜあきらめたのか理解できない。ロシア政府の対応について、こう説明されている。[3, p97]

__________
その間、極東のロシア軍隊には動員令を下し、満洲には戒厳令を布くなど、急ピッチで戦争準備を進めて行った。明治三十七年一月十三日、我国は露国に最終提案を行なったが、ロシア側は何ら回答を寄せることなく戦闘準備の完整を推進するのみであった。空しく回答を待つこと三週間、我国は遂に二月四日対露断交と開戦を決定、同六日、露国側に国交断絶を通告した。
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「交渉をあきらめて」とは、ロシア側が交渉を戦争準備のための時間稼ぎに使っていたからである。この点は、育鵬社版の記述の方が具体的でよく理解できる。

__________
 ロシアの東アジアでの軍備増強をこのまま認めれば、わが国は存立の危機をむかえると考えた政府は戦争を決意し、1904(明治37)年2月、日露戦争が始まりました。[2, p91]
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■2.戦争の経過

 日露戦争の経過について、東書版はほとんど触れていない。[1, p179]

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 日本軍は苦戦を重ねながらも戦争を進め、イギリスやアメリカも、戦費の調達などの面で日本を支援しました。しかし日本の戦力は限界に達し、ロシア国内でも専制政治に対する不満から革命運動が起こるなど、両国とも戦争の継続が困難になりました。
 日本が1905年5月の日本海海戦(5)で勝利したことを機に、・・・
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 と、ここから講和会議の説明に入ってしまう。そして唯一、日本海海戦について、以下の則注がある。

__________
 日本とロシアの艦隊が直接砲火を交えた日本海海戦で、東郷平八郎(1847~1934)を司令長官とする日本海軍は、圧倒的な勝利を収めました。
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

■3.乃木将軍の登場しない東書版

 育鵬社版の記述ははるかに詳細だ。[2, p191]

__________
 わが国はこの戦争に国力のすべてをつぎこみ、朝鮮半島や満州ではげしい戦いをくり広げました。陸軍は、ロシアが築いた旅順の要塞を攻撃するため、乃木希典の率いる軍を送り、多くの犠牲を払った末に旅順を占領し、さらに奉天会戦でも勝利を収めました。
海上では、東郷平八郎の率いる連合艦隊がロシアのバルチック艦隊を対馬沖でむかえ撃ち、ほとんど全滅させるという、世界の海戦史に例を見ない戦果を収めました(日本海海戦)
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 日本国民の歴史常識として、旅順攻防、奉天会戦、日本海海戦、乃木希典、東郷平八郎くらいは知っておくべきだろう。育鵬社版は「乃木希典」と題したコラムを設け、「敵の名誉も尊重する人格者だった」こと、さらに戦後、負傷兵のために乃木式義手を製作・配布したり、学習院院長として裕仁親王(昭和天皇)の教育に当たったことを紹介している。

 乃木将軍は、国内のみならず、海外でもおおいに尊敬された人物であった。たとえば、拙著『世界が称賛する 国際派日本人』[a]では、乃木将軍が米国の青年従軍記者から"Father Nogi"として、いかに敬愛されたかを紹介した。

 両軍合わせて約8万7千人もの死傷者を出した旅順攻囲戦の後、乃木将軍は降伏後のステッセル将軍以下に帯剣、勲章佩用(はいよう)を許し、肩を並べて記念写真をとり、その武士道精神は世界を驚嘆させた。「敵の名誉も尊重する人格者だった」とは、この事を指している。

 この6年後に、乃木はイギリス国王戴冠式参列の後、欧州各国を歴訪したが、「彼がほとんど全欧州諸国より受けた王侯に対するがごとき尊敬と希にみる所の賞賛」と評されている。[b]

 これほど国内外で尊敬された乃木将軍は、東書版では名前すら登場しない。与謝野晶子の反戦歌のつまみ食い的紹介で何行も使うくらいなら、明治日本の国内外で最も尊敬された日本人の一人を紹介すべきだろう。それが青少年向け歴史教科書の責務ではないか。


■4.「世界の海戦史に例を見ない戦果」

 乃木と同様、世界的に尊敬されたのが東郷平八郎である。東郷指揮する日本海軍が成し遂げた日本海海戦勝利について、英国の著名な戦史家H・W・ウィルソンは次のように評している。

__________
ああ、これ何たる大勝利か、陸戦に於いても、海戦に於いても、歴史上、未だかつて、このような完全な大勝利を見たことがない。実にこの海戦は、トラファルガー海戦と比較しても、その規模、遙かに大である。[c]
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 バルチック艦隊38隻の大陣容のうち、撃沈19、捕獲5、逃走中の沈没・自爆・他国抑留10隻で、ロシア艦隊が失った艦船合計34隻の排水量19万5162トン。日本側の沈没は水雷艇3隻、255トンはその0.13%に過ぎなかった。

 ちょうど100年前のトラファルガー海戦が、それまで世界海戦史上もっとも勝敗の際だっていたが、イギリス艦隊が沈没または捕獲したのは、フランス・スペイン艦隊33隻中22隻に過ぎず、また名提督ネルソンも戦死している。

 こんな大勝利を、開国したばかりの黄色人種の小国が成し遂げた、ということが、欧米人を驚かせた。アメリカの新聞「ニューヨーク・サン」は次のように社説で述べた。

__________
 日本艦隊がロシア艦隊を潰滅したことは、海軍史のみならず世界史上例のない大偉業である。日本が鎖国をといたのはわずか50年前であり、海軍らしい海軍を持ってから10年にもたたぬのに、早くも世界一流の海軍国になった。[c]
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

 日本海海戦は日本史のみならず、世界史でも記述すべき出来事なのである。「世界の海戦史に例を見ない戦果」という育鵬社版の表現は誇張ではない。

 それに対して、東書版の「圧倒的な勝利を収めました」という表現では、中学生たちは我が先人たちの成し遂げた世界史的偉業を知らずに通り過ぎてしまうのである。


■5.日本は勝ったのか?

 戦争の結末についても、東書版は書きぶりは異様だ。2節で引用した日露両国で「戦争の継続が困難になった」との一節の後はこう続く。

__________
 日本が1905年5月の日本海海戦で勝利したことを機に、アメリ力の仲介によって日本とロシアとの間で講和会議が開かれ、9月にポーツマス条約が結ばれました。[1, p179]
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 この後、講和条件の説明と、賠償金がとれなかった事に怒った国民が日比谷焼き討ち事件など暴動まで起こしたことを述べる。しかし、「日本海海戦で勝利」とは書いても、「日露戦争の勝利」とは一言も書かない。

 日露戦争は、日本の存亡をかけた戦いであったから、たとえどんな辛勝にせよ、とにかく勝ってロシアの南進に歯止めをかける事が戦争目的であった。だからこそ、ポーツマス講和会議の政府全権代表・小村寿太郎は、帰国の際には爆弾か銃弾を浴びせられることも覚悟していたのである。[d]

 この点で、育鵬社版はこう書く。

__________
 一方 わが国の兵力や武器、弾薬戦費は底をつき始め、ロシアでも革命の動きが高まっていたため、1905(明治38)年、アメリカの仲介でポーツマス条約が結ばれ、我が国の勝利で戦争は終わりました。[2, p191]
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「我が国の勝利」と明記してある点は当然だが、この戦争が独立保全のための戦いであって、国民の不満を抑えても、講和を最優先したという明治政府の叡智にも一言あって然るべきだろう。


■6.「アジア諸国に対する優越感が強まりました」?

 日露戦争後の国内外の状況についても、両教科書の記述は対照的だ。まず国内について、東書版はこう書く。[1, p179]

__________
 日露戦争での勝利によって、日本は列強としての国際的な地位を固めました。国民の中には、帝国主義国の一員になったという大国意識が生まれ、アジア諸国に対する優越感が強まりました。
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

 育鵬社版は、こう記す。[2, p192]

__________
 幕末以来、わが国の指導者や国民には、欧米列強の植民地にされるという根強い危機感がありました。しかしこの危機感は、日露戦争の勝利で解消し、欧米列強と並ぶ国になったという安心感と自信が生まれました。
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 インド、インドネシア、フィリピンは18世紀以前から植民地に転落し、19世紀に入ってからも、列強によるシナ、インドシナの蚕食が続いていた。幕末以降の日本が国をあげての富国強兵に取り組んだのも「欧米列強の植民地にされるという根強い危機感」からだった。

 英国と同盟を結び、ロシアを破った今、ようやくこの危機感が解消され、「欧米列強と並ぶ国になったという安心感と自信」が生まれたという時代認識は我が国近代史の本質をついている。

 それに対して、東書版の「帝国主義国の一員になったという大国意識が生まれ、アジア諸国に対する優越感が強まりました」という歴史認識の根拠は何なのか?

 たとえば、明治大正期には多くの日本人がアジア各国の独立運動を支援している。孫文のシナ革命運動[e]、ラース・ビーハリー・ボースのインド独立運動、リカルテ将軍のフィリピン独立運動[f]、ベトナムのファン・ボイ・チャウによる「東遊(ドンズー)運動」[g]など、欧米列強の帝国主義からアジアを救おうという運動は日本の朝野で盛んに行われてきた。

 これらの史実を無視した上で、「アジア諸国に対する優越感が強まりました」と言いうる、どんな根拠があるのか、東書版の執筆陣に聞いてみたいところである。


■7.「刺激」か、「感動」か

 国外への影響については、東書版はこう記述する。[1, p179]

__________
 一方、日露戦争での日本の勝利は、インドやベトナムなど、欧米列強の植民地であったアジアのさまざまな民族に刺激をあたえ、民族運動は活発化しました。しかし、日本は新たな帝国主義国としてアジアの民族に接することになりました。
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

 この部分の育鵬社版の記述は、以下の通りである。[2, p192]

__________
 また、 同じ有色民族が、世界最大の陸軍国・ロシアを打ち破ったという事実は、列強の圧迫や、植民地支配の苦しみにあえいでいたアジア・アフリカの民族に、独立への希望をあたえました。インド独立の父ネルーや、中国革命の指導者孫文は、日本の勝利がアジア諸国にあたえた感動を語っています。
また、その後アジア各地でおこった近代化や独立をめざす一連の動きにも、この戦争の影響がありました。日本にはアジア諸国から多くの留学生や独立運動家が訪れ、わが国もまた政府・民間を問わず、彼らを受け入れました。
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

 孫文やネルーが語った感動は、中学生にも分かりやすいので、引用すべきではないか。たとえば孫文はこう語っている。[h]

__________
 どうしてもアジアは、ヨーロッパに抵抗できず、ヨーロッパの圧迫からぬけだすことができず、永久にヨーロッパの奴隷にならなければならないと考えたのです。(中略)
ところが、日本人がロシア人に勝ったのです。ヨーロッパに対してアジア民族が勝利したのは最近数百年の間にこれがはじめてでした。この戦争の影響がすぐ全アジアにつたわりますとアジアの全民族は、大きな驚きと喜びを感じ、とても大きな希望を抱いたのであります。
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

 こういう証言に触れてこそ、中学生にも歴史を学ぶ面白さが分かる。これを東書版のように「刺激をあたえ」で済ませてしまったら、中学生の心には何も響かない。

 まして「しかし、日本は新たな帝国主義国としてアジアの民族に接することになりました」では、近隣諸国の歴史家の負け惜しみとしか聞こえないのである。
(文責 伊勢雅臣)

■リンク■

a. 伊勢雅臣『世界が称賛する 国際派日本人』、育鵬社、H28
http://www.amazon.co.jp/o/ASIN/4594075681/japanontheg01-22/

b. JOG(783) 国史百景(3) 水師営の会見 ~ 乃木将軍とステッセル将軍
 敵将に対する仁愛と礼節にあふれた武士道精神は世界に感銘を与えた。
http://blog.jog-net.jp/201301/article_5.html

c. JOG(236) 日本海海戦
 世界海戦史上にのこる大勝利は、明治日本の近代化努力の到達点だった。
http://www2s.biglobe.ne.jp/nippon/jogbd_h14/jog236.html

d. JOG(365) ポーツマス講和会議
国民の怒りを買うことを覚悟して、小村寿太郎は日露講和会議に向かった。
http://www2s.biglobe.ne.jp/nippon/jogbd_h16/jog365.html

e. JOG(043) 孫文と日本の志士達
 中共、台湾の「国父」孫文の革命運動を多くの日本人志士が助けた。
http://www2s.biglobe.ne.jp/nippon/jogbd_h10_1/jog043.html

f. JOG(156) リカルテ将軍~フィリピン独立に捧げた80年の生涯
 わしはフィリピンに星条旗がひるがえっているかぎり、その星条旗の下に帰ろうとは思わない。
http://www2s.biglobe.ne.jp/nippon/jogbd_h12/jog156.html

g. JOG(1001) ベトナム独立運動を扶けた日本人
 ベトナム独立に共鳴する日本人の支援を受けて、300名に及ぶ留学生が日本で学んだ。
http://blog.jog-net.jp/201704/article_5.html

h. JOG(007) 国際派日本人に問われるIdentity
 日露戦争の世界史的意義
http://www2s.biglobe.ne.jp/nippon/jogbd_h9/jog007.htm


■参考■(お勧め度、★★★★:必読~★:専門家向け)
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1. 『新編新しい社会歴史 [平成28年度採用]』★、東京書籍、H27
http://www.amazon.co.jp/o/ASIN/4487122325/japanontheg01-22/

2.伊藤隆・川上和久ほか『新編 新しい日本の歴史』★★★、育鵬社、H28
http://www.amazon.co.jp/o/ASIN/4905382475/japanontheg01-22/

3. 中村粲『大東亜戦争への道』★★、展転社、H2
http://www.amazon.co.jp/o/ASIN/4886560628/japanontheg01-22/

4.渡部昇一『「日本の歴史」5 明治篇 世界史に躍り出た日本』★★★、WAC BUNKO、H28
http://www.amazon.co.jp/o/ASIN/4898317332/japanontheg01-22/



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