【この本 読むべし】 葬送の仕事師たち





「葬送の仕事師たち 」単行本(ソフトカバー) – 2015/4/17
井上 理津子 (著)



内容紹介

葬儀社社員、納棺師、エンバーマー、火葬場職員……。
その目を通し「死」を見つめる。
話題作『最後の色街 飛田』著者の最新作!

葬儀業界の市場は右肩上がりの1兆6000億円。規模は拡大を続け、
家族葬、直葬、合理化と、その形態は多様化している。
一方で、団塊世代が80歳代となる「超多死社会」が間近に。
「死」の現場に携わるプロたちの「生の声」、尊厳をもって送るとは?
自らを語ることがあまりなかった職種を通し、葬送の実際をルポする。


第1章 「葬儀のプロ」を志す若者たち
神奈川県平塚市にある日本ヒューマンセレモニー専門学校は、
葬儀のプロ「フューネラルディレクター」と遺体修復技術者
「エンバーマー」を育てる。その授業内容と教師・生徒の人となりと、
その職にかける思いから、現代の死生観が見えてくる。

第2章 それぞれの「葬儀屋稼業」
葬儀業界の市場規模は右肩上がりの1兆6000億円。
家族葬、直葬、合理化、感動化と、葬儀の形態は多様化の時代を
迎えている。その一方で、「昔ながら」の葬儀屋の現状はどうなのか?
葬儀の今昔と、そこで働く人たちの「生の声」に耳を傾けた。

第3章 湯灌・納棺・復元の現場
即物的には「モノ」であっても、彼らは遺体をそうは扱わない。
身体を清め、髪を洗い髭を剃り、さらには「よりきれいなお顔」に
されて、死者は私たちと最後の別れをする。
火葬をする前に、「あの世へ旅立つ段取り」を施す人たち。

第4章 エンバーマーたち
延命措置により長い闘病を経たため痩せこけ、数多の点滴の跡が
残る遺体。事故などで損傷が激しく、とても会葬者に見せられない遺体……。
遺体を修復し、長期の保存を可能とする技術は、「お別れ」のスタイルを
変えつつある。その施術の現場に密着すると。

第5章 火葬場で働く人々
全国1480の火葬場の95%は公設だが、東京23区は9カ所ある火葬場の
うち7カ所が民営だ。長く差別の対象ともなってきたが、その「裏側」
(「火室」という)はどうなっているのか。
「きれいに焼く」ために奮闘する、職員たちの思いとは?

第6章 「超多死社会」に向けて
2013年の死者数は約126万8000人だが、団塊の世代が80歳代を迎え、
30年には約161万人、40年には約167万人が亡くなると推測されている。
さらに見送る側も高齢者。最新の葬儀と墓を取材、そして今後は
どうなっていくのか?


内容(「BOOK」データベースより)

葬儀業界の市場は右肩上がりの1兆6000億円。規模は拡大を続け、家族葬、直葬、合理化、感動化と、「お別れ」のスタイルは多様化している。一方で、団塊世代が80歳代となる「超多死社会」が間近に。「死」の現場に携わるプロたちの「生の声」、尊厳をもって「送る」とは?自らを語ることがあまりなかった職種を通し、「死」を見つめる。

著者について

井上理津子(いのうえ・りつこ)
1955(昭和30)年、奈良市生まれ。京都女子大学短期大学部卒。タウン誌記者を経てフリーに。
人物ルポや旅、酒場をテーマに執筆してきた。2010(平成22)年、長らく暮らした大阪から、
拠点を東京に移す。
主な著書に『遊郭の産院から』『名物「本屋さん」をゆく』『旅情酒場をゆく』『はじまりは大阪にあり』
『大阪下町酒場列伝』『さいごの色街 飛田』、共著に『関西名物』『新版 大阪名物』などがある。


著者略歴 (「BOOK著者紹介情報」より)

井上/理津子
1955(昭和30)年、奈良市生まれ。京都女子大学短期大学部卒。タウン誌記者を経てフリーに。人物ルポや旅、酒場をテーマに執筆してきた。2010(平成22)年、長く暮らした大阪から、拠点を東京に移す(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)





投稿者yukkie_cerveza殿堂入りNo1レビュアーベスト100レビュアー2015年11月4日

 今からおよそ3か月前に81歳の父を亡くしました。
 元気だった父が8月の初旬に突然からだの不調を訴えて入院したかと思うと、わずか1週間ほどで逝ってしまいました。あまりに突然のことで、涙にくれるいとまもないまま、暑い季節にとにもかくにも告別式を済ませて荼毘に付さねばと、葬儀社に連絡をとったのです。

 右も左も分からぬまま喪主を務める私に、葬儀社のかたがたは本当に良くしてくれました。初めて会ったばかりの私のことを、まるで家族のように親身になってくれたのです。告別式から火葬場まで、そして忌明けまでのひと月あまり、葬儀社のかたがたがいらっしゃらなければどうしたことかと思ったものです。浄土真宗大谷派の決まりごとや、離れて30年以上になる名古屋独特のしきたりのひとつひとつについてまで懇切丁寧に教えてくださいました。

 もちろんそれがサービス業たる彼らの仕事だと言ってしまえばそれまででしょう。それなりの対価もお支払いしました。
 しかしそれでも、老いた父の遺体を洗う湯灌を丁寧に進めてくれたあの人たちや、火葬場まで本当にやさしく遺体と私たち遺族を運んでくれた運転手さん、骨と化した父を拾う私たちのそばに付き添ってくれた火葬場のかたがたは、どんな思いでそれぞれの業(ぎょう)を果たしているのか、その胸の内を知りたいと強く思ったのです。

 この『葬送の仕事師たち』は今年2015年4月に出版されたばかりの、まさに私の知りたいという思いに応えてくれる書でした。著者は1955年生まれのフリーライターで、私と同じように親を亡くしたことを契機に、葬送の世界のプロフェッショナルを取材したいと考えたそうです。

 <仕事師>たちの遺体に対する敬意、遺族への思いやり、そして仕事への誇り、そうしたものが丹念に綴られていて、あぁこういう人たちが私の父を送ってくれたのだという意を強くしました。

 病死した遺体を湯灌する際には、感染症の恐れをかかえながらの作業になることを知り、そんな大変な思いをしながら身体を洗ってくださっていたのかと、頭が下がる思いがします。

 また、――残念ながらあとがきにわずかにしか記されていませんが――火葬場へと霊柩車を走らせる運転手さんが、ほぼ満杯の水を入れたコップを車内に置いても、それがこぼれることがないように、揺れない運転を心掛けているというくだりを読んだときにも、感謝の言葉が見つかりませんでした。私の父を運んでくれた運転手さんも言葉少ないかたでしたが、確かに揺れない、丁寧な運転をしてくださったことを思い出したのです。

 名古屋が東京と異なり、火葬後にすべての遺骨を拾うことがない(「部分拾骨」)のは日本の東と西で骨上げの風習が違うということ、そして火葬場に残してきた「残骨灰」は業者に引き取られてサラサラの骨粉となった後に石川県や山梨県の寺院で合祀されるということを、この本で知りました。火葬場を離れる際、残った骨については行政できちんと対応すると説明は受けてはいたものの、どのようになるのかと少し心残りだったのです。この本でそのあたりの様子を知ることができ、心がぐっと落ち着きました。

 この書によれば、葬送にかかわる人々に対して偏見の目が向けられる現実が残念ながらまだまだ残っているようです。『おくりびと』の名で映画化されるずっと以前に、その拠りどころとなった『納棺夫日記』を読んだことがあり、あの中で妻からも同じような偏見の言葉を投げつけられる場面があったことを今も覚えています。

 誰の身にも必ず訪れる死をやさしく包んで送ってくれる人々への敬意と感謝の念が社会に根づくことを願わないではいられません。





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