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<サッカーW杯>海外メディアが選んだベストファンは日本のファン、ワーストファンは?

ロシアワールドカップ(W杯)には「ベストファン(最高のファン)」と「ワーストファン(最悪のファン)」がいる。

英国のBBC、テレグラフ、ガーディアンなど海外メディアが評価したベストファンは日本とセネガルのサッカーファンだった。日本とセネガルのサッカーファンは試合が終わった後もしばらく競技場に残ってゴミを片づける姿が見られ、称賛の声が相次いでいる。

サッカー日本代表は19日、ロシアW杯グループリーグH組第1戦でコロンビアに2-1で勝利した。観客席で熱心に応援していた日本サッカーファンは試合終了後、大きなゴミ袋を取り出し、飲食品のゴミと使い捨て用品をすべて片づけた。これを見ていた一般のファンが動画で撮影し、ソーシャルメディア(SNS)に載せて話題になった。この映像の再生回数は数十万回にのぼる。BBCは「日本のファンが自分たちの観客席をきれいに清掃する姿が非常に印象的だった」と伝えた。

スコット・ノース大阪大社会学科教授はBBCのインタビューで「日本のファンが競技後に清掃するのは幼児期の教育の延長線だ。日本人は幼い頃から学校や体育館を清掃する教育を受け、成人になっても習慣になっている」と説明した。日本は秩序意識が高い国民として有名だ。

セネガルのサッカーファンにもこのような姿が見られた。日本と同じH組のセネガルも20日、ポーランドを相手に2-1で勝利した。2002年韓日W杯以来16年ぶりに本大会の舞台に立ったセネガルは初戦で勝利し、セネガルの国民に喜びを与えた。

熱狂していたセネガルのサッカーファンも競技が終わった後には落ち着いていた。そして日本のファンと同じようにゴミを片づけた。これも動画で撮影され、SNSを通じて世界に広まった。アルゼンチンのTyCスポーツはSNSを通じて「セネガルファンは歴史的な勝利の後、大騒ぎするのではなく観客席を清掃する責任感のある姿を見せた」と伝えた。TyCスポーツがツイッターに掲載したセネガルのファンの動画は21日現在、再生回数が83万回にのぼる。

一方、自国の選手にまで背を向けられたワーストファンもいる。メキシコの過激なサッカーファンだ。数人のメキシコのサッカーファンは17日に行われたドイツ戦で、ドイツ代表GKマヌエル・ノイアーに向けて同性愛者を差別する罵声を浴びせた。メキシコ代表のFWハビエル・エルナンデスがSNSを通じて「このような応援はやめてほしい」と呼びかけたほどだ。

結局、国際サッカー連盟(FIFA)は21日、メキシコサッカー協会に罰金1万スイスフラン(約110万円)の罰金を科した。FIFAは「メキシコサッカー協会にメキシコ応援団の管理責任があるため」と理由を説明した。AP通信は「メキシコサッカー協会はこの数年間、ファンの暴言に関連して罰金を科せられてきた」とし「協会と選手はファンの自省を促しているが改善されていない」と伝えた。

http://japanese.joins.com/article/502/242502.html?servcode=600§code=640


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■終戦直後の日本人引揚者を襲う朝鮮人たち…「竹林はるか遠く」

朝鮮人の男たちが、藪の中へ女の人たちを引きずっていくのを見たし、若い女性に乱暴しているのも見たわ(111頁)。

彼ら(朝鮮人)は悦楽を求めて人々の間をよろよろ歩き、そして娘たちを見つける度に外へ引きずり出した。たびたび女たちの悲鳴が響いた。(118頁)。

また、朝鮮人が、日本人を殺したうえで金歯まで抜いている記述もある(129頁)。








■通州事件…盧溝橋事件発生から3週間後の1937年7月29日
北平(北京)東方の通州で中国保安隊による大規模な日本人虐殺事件が発生した■


夫を生きたまま腹を切り裂き…「これはおいしいぞ、日本人の腸だ、焼いて食べろ」…そうして、その妻である妊婦の腹を切り裂き胎児を取り出す。

それはこの男の人の頭の皮を学生が青竜刀で剥いでしまったのです。
頭の皮を剥いでしまったら、今度は目玉を抉り取るのです。このときまではまだ日本の男の人は生きていたようですが、この目玉を抉り取られるとき微かに手と足が動いたように見えました。





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