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ケンチャナヨ精神と謝罪しないことが韓国の常識 ラオスのダム決壊

私は自分自身を大ざっぱな性格だと認識している。だから、韓国人の国民性ともいえる「ケンチャナヨ(=大丈夫だ)精神」が嫌いではない。だが、生命や財産を奪われかねないシビアな場面で、その精神を発揮されたら、たまったものではない。

 ラオス南部アタプー県で先月23日、建設中の水力発電用ダムが決壊して、30人以上が死亡、100人以上が行方不明になり、数千人が家を失った。被害は隣国カンボジアにも及んでいるという。

 この事業は、韓国5大財閥の1つ、SKグループのSK建設と、韓国西部発電が、2012年に共同受注した。タイ政府系発電会社と、ラオス国営企業とともに合弁会社をつくり、建設に当たっていた。韓国資本51%の国際プロジェクトだ。

 SK建設は、発電用の主ダムと治水用補助ダムなど、7つのダムを建設していたという。事業全体は10億ドル(約1100億円)規模で、入札には日本企業も参加したが、SK建設が「日本より格段に安くする。日本より短期で完成させる」と約束して受注した。

 言葉どおり、予定より4カ月も早く工事を終わらせたSK建設は、早期完成ボーナスの2000万ドル(約22億円)を受け取った。

 この誇らしい成果が韓国で報じられた直後、補助ダム崩壊の衝撃が世界を駆けめぐった。

 SK建設は当初、「ダムから雨水があふれ出しただけで崩壊ではない」と強弁したが、ネット上に拡散した現場写真や動画を見れば、「無残な完全崩壊」だと誰でも分かる。

50年保証まで付けたSK建設にすれば「豪雨による天災」にして責任を逃れたいようだが、ラオス政府は「規格未達の工事がダム崩壊の一因」と主張し、韓国側の責任を追及する構えである。

 ただ、ラオス側にも責任がないとは言えない。

 1994年、ソウルの漢江(ハンガン)にかかる「聖水大橋」が完成から15年後に崩落し、32人が死亡した。翌95年には、営業中の「三豊百貨店」が崩壊し、500人以上が死亡。96年には、パラオに作ったKBブリッジが崩落し、6人が死傷した。

 そのほか、韓国企業が「ケンチャナヨ精神」で行う土木工事が招いた人災は枚挙にいとまがない。ラオス側がこれらを知らなければ、故意と同等の重過失である。

 また、韓国人は簡単には謝罪しない。謝罪とは「自分の罪を認める行為」であり、生涯「罪人」の汚名を背負うからだ。

 今回の事故を受け、韓国系団体が、国連で「ヘイト本」として問題化を試みている拙著『儒教に支配された中国人と韓国人の悲劇』(講談社+α新書)を、多言語で世界発売する必要性を感じた。

 ■ケント・ギルバート 米カリフォルニア州弁護士、タレント。1952年、米アイダホ州生まれ。71年に初来日。著書に『儒教に支配された中国人・韓国人の悲劇』(講談社+α新書)、『トランプ大統領が嗤う日本人の傾向と対策』(産経新聞出版)、『日本覚醒』(宝島社)など。


https://www.zakzak.co.jp/soc/news/180811/soc1808110004-n1.html





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夫を生きたまま腹を切り裂き…「これはおいしいぞ、日本人の腸だ、焼いて食べろ」…そうして、その妻である妊婦の腹を切り裂き胎児を取り出す。

それはこの男の人の頭の皮を学生が青竜刀で剥いでしまったのです。
頭の皮を剥いでしまったら、今度は目玉を抉り取るのです。このときまではまだ日本の男の人は生きていたようですが、この目玉を抉り取られるとき微かに手と足が動いたように見えました。






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