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地球史探訪: 日本外交史上の最高傑作「日英同盟」に学ぶ★岡崎久彦氏「明治の人というのは、どうしてここまで国際情勢を理解する能力があったのだろうか」



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これまで色々と英語をマスターしようと頑張ってきた人なら共感してもらえると思いますが、英語を実際に使えるかは、どのくらい英単語を知っているかで決まりますよね。

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地球史探訪: 日本外交史上の最高傑作「日英同盟」に学ぶ

 岡崎久彦氏「明治の人というのは、どうしてここまで国際情勢を理解する能力があったのだろうか」
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伊勢雅臣著『この国の希望のかたち新日本文明の可能性』、増刷決定
http://www.amazon.co.jp/o/ASIN/4907461283/japanontheg01-22/

■評論家 宮崎正弘 氏 
日本に「希望」が残っているとすれば、それは何か。世界の古代文明がみな滅んだ中で、滅ばなかった文明が日本で、理由は縄文文明に遡る必要がある。日本文明の根源を考える本である。

■国際関係アナリスト 北野幸伯 氏 
本書には、アメリカモデルでも中国モデルでもない「日本モデル」が提示されています。政治家が政策に取り入れていけば、幸せで豊かで、世界が真似したくなる日本ができあがると確信します。

■倭塾塾長 小名木善行 氏(ねずさん) 
現状の問題点を鋭くえぐる内容の本は数々ありますが、多くは具体的な解決策を持ち合わせてはいません。日本を良くするための具体的な解決策を示した本書は歴史に残る名著といえます。
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■1.日本外交史上の最高傑作「日英同盟」

 かつて香港返還時に約束した「一国二制度」を反故(ほご)にされた英国は、中国の覇権主義に怒り、最新鋭空母「クィーン・エリザベス」を極東に派遣し、佐世保などに長期駐留させることを決定しています。世界有数の艦船補修能力を持つ佐世保は、同空母の活動の理想的な支えになるでしょう。

 同時に、英国は正式に日本をファイブ・アイズに招待しています。ファイブ・アイズ(5つの目)とは、アメリカ、英国、カナダ、オーストラリア、ニュージーランドの英語国5カ国からなる諜報活動協力機関です。日本と英国は1902年から20年間にわたって日英同盟を結び、強い信頼関係を築きました。その成功体験もあって、イギリスは「新日英同盟」を目指しているかのようです。

 日英同盟はイギリスにとっても日本にとっても大きな効用をもたらした理想的な同盟でした。その鮮やかな外交は、自らも外交官出身であり、外交史の名著を残された岡崎久彦氏をして、「明治の人というのは、どうしてここまで国際情勢を理解する能力があったのだろうか」と感嘆させています。[岡崎、p185]

 日英同盟の締結を進めた当時の首相は、桂太郎でした。安倍前首相に抜かれるまで、通算在職日数2,886日の記録保持者です。桂内閣はどのような考えで、日英同盟を構想し実現したのか、それを知ることで、我々は同盟とは何か、を学ぶことができます。


■2.日露協商か、日英同盟か

 同盟締結の前、ロシアの脅威は着々と日本に迫っていました。

 まず1895年には、日清戦争の結果、日本が得た遼東半島を、フランス、ドイツも加えた三国干渉により清国に返還させ、その上で半島先端の旅順・大連を租借しました。旅順港は黄海の中央にある要衝で、北京や天津、満洲、朝鮮半島北部への海運を押さえることができます。ロシアはこの旅順を近代的な要塞で囲み、後の日露戦争で日本を苦しめます。

 1900年には義和団の乱に乗じて、満洲全体を軍事占領しました。乱の後も約束した撤兵を実施せず、そのまま居座り続けます。1903年5月には満洲と朝鮮の国境をなす鴨緑江河口沿いの龍岩浦(りゅうがんぽ)を韓国から租借して、軍事基地を建設しようとしました。朝鮮半島にまで、手を伸ばされては、日本の安全も風前の灯火です。

 ロシアの侵略をどう防ぐか。考えられる手段は次の二つでした。

・日露協商: 満洲のロシア支配を認める代わりに、朝鮮半島の日本の権益を認めて貰おう、という考えで、伊藤博文率いる議会の多数派・政友会が主張しました。

・日英同盟: 英国と組んで、ロシアを牽制しようという考え方です。必ずしもロシアとの戦争に入るということではなく、英国との同盟がロシアへの抑止になるという考えもありました。


■3.同盟相手として、ロシアよりも英国を選ぶべき理由

 桂首相は日英同盟を選ぶべきだと、明確に考えていました。

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桂の観察によると、「親露論はロシアに敵対することはとうてい不可能だという考えに基づくものであり、維新以来の日本の苦しい経験を考えればまんざら無理でもない。しかしこれは一時の平和論であって、ロシアは満洲を取れば韓国にも手を出し、いずれは日本と衝突せざるをえない。
さもなければロシアのいうがままに屈従するしかない」のであり、英国はすでに全世界に領土をもっていて日本まで取りにくる心配はないのだから、英国と組んだほうがよいという考え方だった。[岡崎、p201]
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 岡崎氏は、こうも述べています。

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 とくに相手がロシアである場合は、(JOG注: 朝鮮半島の)中立化というのは、ロシアが朝鮮半島を取る準備ができるまでのあいだの中立であり、準備が整えば取るということであるから意味がない。英米も含めて列国の承認の下に中立をさせてみても、日露以外はどこも陸軍を派遣する力はないのだから、ロシアが約束に違反して武力で進出してきた場合、誰も助けに来られない。[岡崎、p196]
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 このように同盟を組む場合には、相手が裏切る可能性、そして裏切った場合にどのような対抗措置が可能であるか、まで考える必要があるのです。

 当時、日本側はイギリスが同盟国として信用できるかどうか徹底的な調査も行なっています。調査によって、イギリスはかつて同盟の義務を破ったことはないと分かりました。満州からの撤兵を約束しながらすぐに反故にするロシアに比べれば、はるかに信用できる相手でした。

 現代の日本では、中国との経済関係の重要性を鑑みて、いまだに日中友好にしがみついている人々もいますが、中国がいつまで、またどこまで日本の経済的利益を尊重してくれるのか、また、裏切られた場合、日本側として何か手があるのか、を考えなければなりません。


■4.英国も日本と組むしかなかった

 同盟とは相手のあることですから、相手にとってどのようなメリットがあるのかも考えなければなりません。英国は「名誉ある孤立」と称して、長らく同盟国を持っていなかったのですが、この頃には極東では同盟国を必要とする事態になりつつありました。

 英国にとって上海や香港などが中国における権益の中心であり、満州や朝鮮はあまり重要でない地域でした。しかしそこに仮想敵国であるロシアが南下してくると、英国の権益も脅かされます。特にロシアが新鋭艦を極東に集中的に配備することによって、イギリスの戦力的な優位も揺るがされる事態になってきました。

 1901年4月時点の極東の海軍力は、英国の17万トンに対し、ロシアは12万トンと、まだ英国の方が優勢でした。しかし、もうひとつの潜在的敵国フランスが8万トンの海軍力を保持しており、仏露が組むと20万トンと、英国単独では劣勢になってしまいます。

 しかし英国が日本と組めば、日本の20万トンと合わせて37万トン。露仏の2倍近くと、圧倒的な優勢に立てます。逆にもし日本がロシア側に立てば合計32万トンと、英国単独の17万トンの2倍近くになってしまいます。英国として極東での権益を維持するためには、日本と組むしかないという状況でした。[岡崎、p199]

 当時の日本は開国後30数年であり、日清戦争に勝ったとはいえ、グローバルパワーとは程遠い存在でした。また非白人国家として、見下されてもいました。一方の大英帝国は七つの海を支配する世界一の強国、それも「名誉ある孤立」を標榜して、独力で世界のどこでも戦える国でした。こうした従来のイメージから見れば、日英同盟は「月とすっぽん」の組み合わせでした。

 しかし、冷静に戦力を計算すれば、両国にとってごく合理的な選択だったのです。従来の先入観にとらわれず、こういう選択ができたところに、岡崎氏が「どうしてここまで国際情勢を理解する能力があったのだろうか」と賛嘆しているのです。

 現在の日米同盟でも、アメリカがどれだけ日本を真剣に守ってくれるのか、と問う際には、日本との同盟がどれだけアメリカのメリットになるのかということを自問する必要があります。そして、同盟国から見た自国の価値をより高めるには、どうすれば良いのか、も考えた体制整備が必要なのです。たとえば、台湾やフィリピンとの連携には、同じアジアの国家として日本が貢献できます。


■5.英国の信頼を勝ち得た日本兵の精強さと律儀な外交姿勢

・JOG(222)コロネル・シバ~1900年北京での多国籍軍司令官
 義和団に襲われた公使館区域を守る多国籍軍の中心となった柴五郎中佐と日本軍将兵の奮戦。
http://www2s.biglobe.ne.jp/nippon/jogbd_h14/jog222.html


 同盟を構築し維持するには、こうした国益の計算と共に、相互に対する信頼をどれだけ持っているかがポイントとなります。英国が日本を信頼するようになった一つの事件があります。1900年に起こった義和団の乱です。多くの民衆が進出しつつある外国勢力に反発して反乱を起こし、清国政府は北京の公使館員や居留民を保護するどころか、それに乗じて逆に欧米列国に宣戦布告しました。

 ここで自国民保護のために欧米日8カ国の連合軍が北京を目指したのですが、それが到着するまでの間、北京では各国公使館員たちが籠城して、暴徒から身を守りました。その際に大活躍したのが柴五郎少佐率いる日本の公使館付き将兵たちでした。

 その精強ぶりに感銘を受けた英国マクドナルド公使は、連合軍が北京に入城した際の列国会議で「北京籠城の功績の半ばはとくに勇敢な日本将兵に帰すべきものである」と発言をしています。柴中佐には欧米各国からも勲章授与が相継ぎました。

 しかも駆けつけた連合軍1万8千の半分近くは日本軍でした。この時は陸軍大臣であった桂太郎は、当初、解決の主導権は欧米諸国が握るだろうし、日本が大軍を送っても列国の猜疑を招くだけだから、と慎重な姿勢を見せていました。

 しかし、清国軍まで連合軍に刃向かうようになり、イギリスは日本の大量派兵を、再三、要請しました。緊急の事態に、近くから大軍を送れるのは日本だけだったからです。それでも各国は日本に対する猜疑心から、賛同しませんでした。

 しかしついに清国の政府軍と義和団合わせて10万という勢力が連合軍に襲いかかるという事態となって、各国も日本陸軍の出動を求めざるを得なくなりました。そして連合軍は日本の増援で力を得て、北京に辿り着くことができたのです。

 乱平定の後、日本軍の占領地域では兵士による略奪は一切起きず、その治安の良さは市民の間のみならず、連合軍の間でも評判となりました。義和団の乱の後も撤兵の約束を反故にして満州に駐留を続けたロシアと、日本軍の律儀さの対照は鮮やかでした。

 日本将兵の精強ぶりと信頼に足る外交姿勢に感銘を受けたマクドナルド公使が、日英同盟締結時には駐日公使となっていました。「一時帰国の際に英国の指導者に詳しく東洋の事情を説明したが、その際、日本人と日本軍の信頼すべきことを説得力をもって説いたことは想像に難くない」と、岡崎氏は記しています。[岡崎、p193]

 同盟には利害の計算と共に、相手国に対する信頼感があるかどうかが大切な働きをします。この点は、現代の日米同盟でも重要な点です。例えば米軍の艦船が第三国の攻撃を受けている際に、そばにいる自衛艦が自衛権の範囲外だからという理由で座視していたら、その途端に米国民は日米同盟を維持する気持ちなど失ってしまうでしょう。

 憲法9条がどうのこうのなどという理屈は、米国民には通用しません。そんな不都合な憲法なら、なぜさっさと改憲しないのか、と言われたら返す言葉がありません。それが国際常識だからです。この点は、現在の日米同盟の最大のリスクなのです。


■6.効果絶大だった英国の情報力支援

 同盟の効果は戦争抑止の面でも期待できます。戦争を仕掛けようとする第三国に対して、その代償を大きくして、思い留まらせる可能性があるからです。軍事同盟を結べば、同盟国の戦争に巻き込まれるというのは、同盟の戦争抑止効用を知らない考え方です。

 同時に、同盟を通じて自国の弱点を補強できるというメリットも重要です。岡崎氏は、こう述べています。

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・・・イギリスの情報部との接触は絶大な効果があったと推定される。自分の情報と判断を英国のそれとつきあわせてみるだけで、情報 の精度は格段にあがるし、またその過程で情報処理のノウハウを学ぶことができる。何よりも大事なのは、総合的なバランスのとれた判断をすることである。
七つの海を支配して世界の情報を一手に握っている国と常時対話するだけで、個々の情報の軽重、玉石の見分け方は自ずからわかってくる。日英同盟廃棄後、第二次大戦の敗戦まで、日本が情勢判断でどれだけの錯誤を犯したかを考え、そのほとんどはアングロ・アメリカ世界と情報協議をしていれば避けえたことを考えると、思い半ばに過ぎるものがある。[岡崎、p233]
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 英国の情報力の一例として、次のような事例があります。イタリアで建造中の重巡2隻が竣工に近いという情報を、英国がつかんで日本に教えてくれました。ロシアがこれを知ったのは1日遅く、買収価額でせり上がってきましたが及ばずに、開戦のわずか1ヶ月余り前に日本が手に入れました。

 この2艦は『日進』『春日』として日露戦争で大活躍します。英国からの情報がなければ、日本が知らないうちに、この2艦がロシア側の戦力になっていた、という事態もありえたでしょう。

 英国は日本を正式にファイブ・アイズに招待しているとのことですが、米英の情報網から、多くの機密情報を得られるということは、日本の安全を飛躍的に高めることになります。もっともそのためには、我が国が独自の諜報能力を持って日本からも有益な情報提供ができるようになること、十分な機密保持体制を構築して、共有された情報を盗まれたりしないようにしなければなりません。


■7.「鯨とシャチの同盟」

 日英同盟を「鯨とシャチの同盟」と喩える見方があります。この喩えからグローバル・パワーとローカル・パワーが同盟する価値をよく理解することができます。

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それでは鯨の利益とは何か、それは熊が柄にもなく海の浅瀬に踏み込んでくるのを防ぐことである。それには小柄だが敏捷(びんしょう)で剽悍(ひょうかん)なシャチの加勢が心強い。シャチは地元の海の住人ですぐ駆けつけてくれるし、小回りも利き、地理をよく知っているのである。[佐々木、p21]
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 この例えは現在の日米同盟でもそのまま成り立ちます。同盟とはクジラが無償の愛でシャチを守ってくれるものではありません。またシャチが金を払ってクジラを用心棒として雇うことでもありません。

 シャチとクジラは異なる能力を持って補完しあい、それによって第三国の侵攻を抑止するのです。そのためには我が国がシャチとして、どのような強みを持つべきなのか、よく考えなければなりません。こういう視点を日本国民は国民常識として持っておかなければならないのです。
(文責 伊勢雅臣)


■リンク■

・JOG(1077) 英露のグレートゲームと幕末・明治の日本
 幕末・明治の暴風雨を乗り切った我が先人たちの「世界史の教訓」は、我々への贈り物。
http://blog.jog-net.jp/201808/article_4.html

・JOG(328) 同盟とは何か
 英国との互恵と信頼の関係が崩れた時、日英同盟は消滅し、日本外交は漂流を始めた。
http://www2s.biglobe.ne.jp/~nippon/jogbd_h16/jog328.html

・JOG(222)コロネル・シバ~1900年北京での多国籍軍司令官
 義和団に襲われた公使館区域を守る多国籍軍の中心となった柴五郎中佐と日本軍将兵の奮戦。
http://www2s.biglobe.ne.jp/nippon/jogbd_h14/jog222.html


■参考■(お勧め度、★★★★:必読~★:専門家向け)
  →アドレスをクリックすると、本の紹介画面に飛びます。

・岡崎久彦『小村寿太郎とその時代』★★★、PHP文庫、H15
http://www.amazon.co.jp/o/ASIN/456957954X/japanontheg01-22/

・倉山満『桂太郎―日本政治史上、最高の総理大臣』★★★、祥伝社新書、R02
http://www.amazon.co.jp/o/ASIN/4396116055/japanontheg01-22/

・佐々木隆『日本の歴史21 明治人の力量』★★、講談社学術文庫、H22
http://www.amazon.co.jp/o/ASIN/4062919214/japanontheg01-22/

・古川 薫『明治の武人宰相 桂太郎の人生 山河ありき』★★★、文春文庫、H14
http://www.amazon.co.jp/o/ASIN/4167357151/japanontheg01-22/


■前号『百姓一揆は「革命を目指した階級闘争」ではなかった』へのおたより

■幕府が260年も続くだけの道理があった(祐史さん)

百姓一揆が革命、階級闘争ではない、を読ませて頂き、徳川幕府の仕組みが理に叶った制度であったことを改めて認識できました。
260年も続くだけの道理があったのだと。

欧州や中国では、戦争がない期間が長くても30年程度であり、その戦いも相手を滅亡させる破壊行為のため都には城壁が巡らされますが日本にはありません。これも大きな違いと感じております。

■伊勢雅臣より

 戦争と革命ばかり続いた欧州の歴史を「人権宣言」だけで称揚し、200年以上も平和が続いた江戸時代を「人権抑圧の封建主義」と貶めるのはどう見ても、客観性を失っているように見えます。


■「過ちて改めざる、是を過ちという」という孔子の言葉(猫親父さん)

優秀な頭脳を有しながら、誤った仮説に固執して一生を棒に振る”学者(研究者)”が多いのは実に勿体ない気がします。自身が得た仮説の立証は研究者の生き甲斐ですが、それを潔く捨てる勇気を同時に持つ度量が必要です。

布教の過程で疑問を抱きカトリック神父の座を捨て、プロテスタントの牧師に転じた人を知っています。日本の空気の下では容認されない行為でしょうが、立ち止まって原点を見直す勇気に私は敬意を表しました。

「過ちて改めざる、是を過ちという」という孔子の言葉が本号読後に浮かんだ次第です。


■伊勢雅臣より

 日本に反省を求めるばかりで、自分では「過ちて改めざる」論者が多いのですね。


 読者からのご意見をお待ちします。掲載文には薄謝として、伊勢雅臣のご希望の著書を贈呈いたします。

 本誌への返信にてお送り下さい。

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■終戦直後の日本人引揚者を襲う朝鮮人たち…「竹林はるか遠く」

朝鮮人の男たちが、藪の中へ女の人たちを引きずっていくのを見たし、若い女性に乱暴しているのも見たわ(111頁)。

彼ら(朝鮮人)は悦楽を求めて人々の間をよろよろ歩き、そして娘たちを見つける度に外へ引きずり出した。たびたび女たちの悲鳴が響いた。(118頁)。

また、朝鮮人が、日本人を殺したうえで金歯まで抜いている記述もある(129頁)。







■通州事件…盧溝橋事件発生から3週間後の1937年7月29日
北平(北京)東方の通州で中国保安隊による大規模な日本人虐殺事件が発生した■



『通州事件の惨劇 (Sさんの体験談)-日本人皆殺しの地獄絵-』

★「通州事件 目撃者の証言」 (自由社ブックレット5) より 藤岡 信勝 (著) 自由社; 初版 (2016/8/7)

夫を生きたまま腹を切り裂き…「これはおいしいぞ、日本人の腸だ、焼いて食べろ」…そうして、その妻である妊婦の腹を切り裂き胎児を取り出す。

それはこの男の人の頭の皮を学生が青竜刀で剥いでしまったのです。頭の皮を剥いでしまったら、今度は目玉を抉り取るのです。このときまではまだ日本の男の人は生きていたようですが、この目玉を抉り取られるとき微かに手と足が動いたように見えました。

目玉を抉り取ると今度は男の人の服を全部剥ぎ取りお腹が上になるように倒しました。

そして又学生が青竜刀でこの日本の男の人のお腹を切り裂いたのです。縦と横とにお腹を切り裂くと、そのお腹の中から腸を引き出したのです。ずるずると腸が出てまいりますと、その腸をどんどん引っ張るのです。

人間の腸があんなに長いものとは知りませんでした。十メートル近くあったかと思いますが、学生が何か喚いておりましたが、もう私の耳には入りません。そうしているうちに何かワーッという声が聞こえました。

ハッと目をあげてみると、青竜刀を持った学生がその日本の男の人の腸を切ったのです。そしてそれだけではありません。別の学生に引っ張らせた腸をいくつにもいくつにも切るのです。一尺づつぐらい切り刻んだ学生は細切れの腸を、さっきからじっと見ていた妊婦のところに投げたのです。

このお腹に赤ちゃんがいるであろう妊婦は、その自分の主人の腸の一切れが頬にあたると「ヒーッ」と言って気を失ったのです。その姿を見て兵隊や学生達は手を叩いて喜んでいます。残った腸の細切れを見物していた支那人の方へ二つか三つ投げて来ました。そしてこれはおいしいぞ、日本人の腸だ、焼いて食べろと申しているのです。


1937年 通州事件(つうしゅう)中国冀東保安隊による日本人虐殺事件。被害者約200名
  ・婦人は24時間強姦されたあげく鼻や喉に針金をつけられ殺害現場まで引き擦られる。
  ・旭軒では17~40歳の女性はことごとく強姦され
   陰部を銃剣で刺さたもの、口中に土砂を填めてあるもの、
   腹部を縦に断ち割つて等にて惨殺。
  ・錦水楼では女性達は手足を縄で結ばれ強姦され、斬首。
  ・男は目玉をくりぬかれ、上半身は蜂の巣の様
  ・子供は手の指を揃へて切断され惨殺
  ・南城門では腹部の骨が露出し、内臓が散乱
  ・首を縄で縛り両手を併せて針金通し一家六名数珠繋ぎにして引廻し惨殺。












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